超常現象ホラーと本格ミステリの奇跡の融合!“サプライズ”にのけぞる、綾辻作品入門にもおすすめの一作『Another エピソードS』

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Another エピソードS

『Another エピソードS』

著者
綾辻 行人 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041041277
発売日
2016/06/18
価格
704円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

超常現象ホラーと本格ミステリの奇跡の融合!“サプライズ”にのけぞる、綾辻作品入門にもおすすめの一作『Another エピソードS』

[レビュアー] 朝霧カフカ(漫画原作者)

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
(解説:朝霧カフカ / シナリオライター・漫画原作者・小説家)

 はじめまして。私は朝霧カフカです。『文豪ストレイドッグス』という漫画の原作担当をしています。
 普段は漫画のお話を考える仕事をしているのですが、その中で過日『文豪ストレイドッグス外伝 綾辻行人 VS. 京極夏彦』という外伝小説を執筆いたしました。その時のご縁で、今回こうして本書『Another エピソードS』の解説を書かせていただくことになりました。(なお、この外伝小説は異能者・綾辻行人が宿敵・京極夏彦と頭脳バトルをするという……ちょっと短く説明するのが難しいお話です)

 さて、モダンホラー小説『Another』とその外伝である本書『Another エピソードS』は、連続したひとつの時系列を舞台とした物語です。
 ですので、『Another エピソードS』の登場人物、前提となる〈現象〉の設定などは、本編である『Another』に登場しています。読まないとオチが理解出来ない、というほどではありませんが、『Another』の知識が前提となるシーンもたくさんあります。ですのでもし今あなたがこの本を、『Another』本編を読む前に手に取っているのだとしたら、できれば本屋さんで『Another』を買ってかえることをオススメします。
 さて、警告をちゃんとしたところで、それではざっと本編のおさらいをしておきましょう。
 モダンホラー小説『Another』の物語は一九九八年、夜見山という土地の中学校が舞台です。主人公である榊原恒一くんは、父親の不在や病気療養のため、この夜見山に引っ越してきました。ですが転入先の三年三組はある「ルール」が支配しているらしいのです。その話になると妙に口ごもるクラスメイトたち。そして病院で出逢ったミステリアスな少女・見崎鳴。彼女は同じ三年三組のクラスのようなのですが、どうも彼女は他のクラスメイトからは見えないようで……。そんなふうにして物語ははじまります。
 やがて、三年三組でだけ起こるという奇怪な死の〈現象〉が明らかになっていきます。
 クラスの中に一人〈死者〉が紛れ込んでおり、けれどその一人が誰なのかは誰も思い出すことができないこと。〈災厄〉がはじまってしまったらその一年のあいだ、クラスの生徒とその近親者に事故死や病死などの死が異様に多発する超常的な不幸が訪れること。それを防ぐためのおまじないとして、クラスの一人を〈いないもの〉として空気のように扱い、増えた一人との帳尻をあわせなくてはならないこと。これらの事実が明かされていき、そしてやがて主人公・榊原恒一は、〈現象〉そのものを止める方法を知ることになるのですが──。
〈死者〉は誰なのか。榊原は〈災厄〉を止めることができるのか。死に包囲された物語は、やがて衝撃の結末へと収束していきます。
 ……これが本編『Another』の物語です。
 そして、本編の外伝的位置づけである本書『Another エピソードS』は、本編に登場した見崎鳴を主人公とした物語です。
 本編の時間軸のなかで、一時見崎鳴が夜見山を離れていた時期がありました。この期間、彼女はどこへ行き、何をしていたのか? それを描いたのが本書の物語です。
 本編の物語が収束した後のお話。榊原は見崎鳴に、夏に起こったある出来事について教えられます。
〈湖畔のお屋敷〉と呼ばれる古い家。そこを訪れた見崎鳴が幽霊と出逢う、ひと夏の物語。幽霊は三ヶ月前に自分が死んだ時のことを覚えておらず、自分の死体を捜しだすべく、見崎鳴とともに屋敷を探索することになります。死体はどこにあるのか。そして幽霊の死の真相は?

綾辻行人『Another エピソードS』(角川文庫)
綾辻行人『Another エピソードS』(角川文庫)

 このふたつの物語には共通点があります。
 それは、どちらも〈災厄〉や幽霊という超自然的な死をあつかっていながら、物語そのものはきわめてミステリ的に、謎の真相や元凶を解き明かす推理小説として成立していることです。『Another』は異常の中心点である〈死者〉を推理する物語であり、『エピソードS』は幽霊となった賢木の死の真相を推理する物語なのです。
 綾辻先生ご自身も、インタビューにて『Another』を「(本格)ミステリ的手法を駆使して書いたモダンホラー」だと回答されています(*1)。
 オカルト的な超常現象ホラーと、本格ミステリの信じられないような高次元での融合。それが『Another』シリーズを分析したときに見えてくる姿であり、このシリーズが爆発的な人気を得たことの理由のひとつではないかと思います。
 そう、この『Another』シリーズ、ものすごい大反響を呼び起こしました。
 特に十代・二十代の反響がすさまじかった。これまで本格ミステリに触れたことのない、そもそも「本格」って何? というくらいの少年少女が、たいへんな勢いで『Another』に熱狂したのです(特にアニメ化をきっかけに多くの若年層が『Another』の名を知ることになりました)。そうして新しく入ってきた彼らは当然、これまでの綾辻行人の著作に触れていません。それどころか綾辻行人という作家がナニモノなのかもよく知らないのです。それでも『Another』は面白い。ホラーと謎解きの融合に心からワクワクする。
 そして今この瞬間も、そんな若者たちが、少なからずこの文章を読んでいると予想されます。
 それにしても……昔からのミステリファンからすれば、彼らの存在は由々しき事態です。綾辻行人を知らんとはけしからん! 新本格の始祖ぞ? 現人神ぞ? そのように憤慨したとしてもそれはやむを得ないことです。
 しかし、誰もが最初は知らないのです。仕方がないのです。
 作家からすれば、昨日まで自分の作品を知らなかった人が新たなファンとなってくれることほど歓迎すべきことはありません。新たな世代のファンたちは歓迎され導かれるいわれこそあれ、怒られるいわれはないのです。
 ということで……いつも若者向けのお話を書いている私・朝霧カフカが、これから「若い人のための綾辻行人入門」なる趣旨でひとつ、若き綾辻ファンのための講座を開きたいと思います。

 早速、最も重要な問いからです。
 綾辻行人とはナニモノなのか?
 ヒトクチで言うなら、「生きているミステリ作家のなかでいちばんスゴイ人」です。
「ミステリ」の言葉は聞いたことがあるでしょう。ミステリとは推理小説です。殺人があって、探偵がいて、謎を解き明かして最後に犯人を指摘するお話。いちばん最初にこの様式をつくったのはエドガー・アラン・ポオ『モルグ街の殺人』だと言われます。やがてミステリというジャンルは広く知られるようになり、アーサー・コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』シリーズによって爆発的に広まり、世界に認知されていきました。そんな中、海外で流行していたこの「ミステリ」を「探偵小説」として日本に紹介し、戦前戦後の日本において「本格ミステリ」のムーブメントをつくった人物。それが江戸川乱歩や横溝正史でした。彼らの名探偵「明智小五郎」や「金田一耕助」の名前を聞いたことのある人も多いでしょう。もちろん、彼らの偉大さは言うべくもありません。乱歩と横溝。すごい人です。
 その後国内ミステリはいったん下火になります。しかし八七年、ミステリの歴史に転機が訪れます。新人・綾辻行人がデビュー作『十角館の殺人』をひっさげて世に現れたのです。孤島を訪れた大学生にふりかかる連続殺人の謎を描いたこの『十角館の殺人』は、その極上のエンターテイメント性から一大ムーブメントを起こし、ふたたび空前絶後のミステリブームを巻き起こしました。この『十角館の殺人』をきっかけとしたミステリの再興を「新本格」と呼びます。「本格ミステリ」が新たに現れた、ということですね。つまり……綾辻行人のデビューなくして、今の日本のミステリはありえないわけです。
 わかってきたでしょうか。どれだけすごい人が『Another』を書いたのか。
 ものすごく乱暴に言えば、綾辻行人とは現代の江戸川乱歩なのです。
 すごい人なのです。
(※ちょっと乱暴に新本格をまとめたため、上記文章を読んでお怒りの向きもあろうかと思います。「島田先生はどうした」とか「いや宇山さんこそが」とか。そうした方は土下座している私の頭をカカトで踏んづけるなどして頂ければと思います)

 若い新規読者のみなさま。あなたがたは幸運です。
 なぜなら、まだ綾辻行人作品を読んでいないからです。
 当然のことですが、多くのミステリファン、そして私も、綾辻作品を最後までじっくりと読み込んでいます。つまり、最後のオチも知ってるわけです。だから今読んでも、最初に読んだときのようにビックリできないのです。
 でも皆さんは違う。あの驚き、すべての前提がひっくり返される「ええええ!?」とのけぞるあの感じ、騙されて本望! と天井を向くほどの衝撃を、これから味わう権利を持っているのです。
 なんたる幸せ。
 代われ。

 孤島を訪れた学生達に迫る殺人事件を描いた金字塔『十角館の殺人』。
 正体不明の殺人鬼による残酷な殺人劇、『殺人鬼』。
 全寮制の女学院を舞台にしたホラーサスペンス、『緋色の囁き』。
 綾辻作品はいずれも『Another』と一部、あるいは多くの共通項を持っています。
 私は『Another』の魅力は「ホラー」「ミステリ」そして「サプライズ」だと思っています。特に三つめの「サプライズ」。これは本当に……本当に、一握りの天才にしかつくれないのです。私も常に「サプライズ」のある物語を、と毎日うんうん唸っているのですが、綾辻先生のようには全くつくれなくて悶絶しています。
「サプライズ」を楽しめる作品をつくるのは、本当に神のワザだと思います。サプライズをつくるには、読者の心と一体化する芸術家的センスと、計算されつくした物語構造をつくるための技術者的設計力が同時に必要とされるからです。「実は黒幕は親友だった」「実は父親は生きていた」「実は主人公が犯人だった」……意外っぽいキーワードを作中に置いてみただけでは本当のサプライズにはなりません。そこには読者も気づかないうちに物語の流れに死角をつくり、そこに全く意表をつく、それでいて驚いた後にはそれしかないよなと納得せずにはいられない、精緻で美しい事実を入れる必要があるのです。
 ここを読んでいる皆さんは、『Another』で〈死者〉が誰だったか知っているでしょう。その時、ひっくり返るほど驚いたでしょう。
 あの驚きは『Another』だけではないのです。
 他の作品でも味わえるのです。
 それだけで……読んでみたくなりませんか?

『Another』、そして『エピソードS』は、綾辻作品群、ひいてはミステリ界へとつづく壮大かつ魅力的な世界への入口です。その奥にある世界は深遠で、知的スリルにあふれ、真剣に楽しみつくそうと思うと人生が二、三個必要なほど広大です。
 この入口で立ち止まったあと、何もせずに引き返すことほどつまらないことはありません。
 品質は完璧に保証されています。
 こんな解説を最後までしっかり読んでいるあなたなら、楽しむ才能も十分そなえているでしょう。
 私にできるのはここまで。案内するところまでです。ここから先の一歩は、あなたの意思で踏み出すのです。
 それでは親愛なるあなたへ、よき綾辻ライフを。

(*1)ミステリマガジン編集部編『ミステリが読みたい! 2011年版』

▼綾辻行人『Another エピソードS』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321512000081/

KADOKAWA カドブン
2020年9月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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