実写BLブームとグローバルな共時性 『BLの教科書』刊行記念

対談・鼎談

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BLの教科書 = BL Studies

『BLの教科書 = BL Studies』

著者
堀, あきこ守, 如子
出版社
有斐閣
ISBN
9784641174542
価格
2,640円(税込)

書籍情報:openBD

実写BLブームとグローバルな共時性 『BLの教科書』刊行記念

[文] 有斐閣

さまざまに広がるBL(ボーイズラブ)の世界

編集部 2020年7月に、有斐閣では「異色」の分野のテキストが刊行されます。堀あきこ・守如子編『BLの教科書』です。BLとは何か、ご存じない読者もいらっしゃるかと思いますので簡単に説明しますと、ボーイズラブの略で、男性同士の恋愛・性愛を描くフィクションです。オリジナルの物語もありますし、原作を読み替えた二次創作(やおい)もとても活発です。作者も読者も大半が女性なのが特徴の一つです。BL研究は、社会学、文学研究、マンガ研究、メディア研究、ジェンダー研究など多様なディシプリンからなされてきました。研究対象も、テクストやファンダム、社会とのつながりなど、豊かに広がっています。
『BLの教科書』は、BLの歴史、マンガ・小説、ファン活動などBLのさまざまな内容や側面、またポルノグラフィやゲイ男性とのかかわりなど、BL研究を網羅的に紹介した、はじめてのBL研究入門書です。
 今回の鼎談では、『BLの教科書』では触れることができなかった「実写BL」を中心に、編者のお一人の堀先生、また執筆者から西原先生・前川先生にお話を伺います。まず、BLのメディア展開はどういうふうになっているのかというところからお話しいただけますか。

堀 BLといえばマンガや小説が一般的にイメージされると思うのですが、『BLの教科書』の目次を見ていただければわかるように、多方面にメディア展開されています。まず、マンガ・小説といっても、商業誌もあれば同人誌もあるし、『BLの教科書』の第7章でとりあげたようにBL短歌もあります。そのBL短歌も、もともとある短歌を「BL読み」するものもあれば、オリジナルのBL短歌もあります。ほかにも、2.5次元舞台や、BLゲーム、BLドラマCDなど多様にメディア展開されています。

リアル世界とBL①――実在人物のやおいは取り扱い注意?

堀 このほか重要な領域として、BL作品のアニメ化、実写化があり、さかんにドラマ化や映画化されています。『BLの教科書』では第10章、西原さんの章でアイドル文化を、コラムで2.5次元を取り上げ、二次元以外のメディアも取り上げましたが、三次元のBL実写化には触れられませんでした。
 二次元のBLと三次元になった実写BLの最大の違いは、リアルパーソンが演じていることです。リアルパーソンものとしては、同人誌界で「ナマモノ(1)」と呼ばれるジャンルがあります。このジャンルは、現実に存在している人を描くため、「取り扱い注意」とされてきた歴史があります。西原さん、なぜ「取り扱い注意」なのでしょうか。

西原 男性同士の関係をテーマに1978年に誕生した女性向け雑誌『JUNE』や80年代の同人誌の時代から、たとえばミュージシャンや俳優、アイドルなど実在する男性有名人でやおい同人活動(2)をしてきた歴史がありますけれども、ファンの女性たちの間でよく言われる「本人たちに迷惑をかけたくない」というのが「取り扱い注意」とされる大きな理由かなと思います。

堀 「迷惑をかけたくない」の迷惑とは、具体的にはどういうことですか?

西原 性的な眼差しで見てしまうことが良くないということ、またそれ以上におそらくホモフォビアが大きな要素だと思います。アイドルたちの実際のセクシュアリティを無視して一方的に同性愛関係に読み替えてしまうことで、彼らに迷惑がかかると思っているところが大きいのではないか。

堀 そうですね、彼女たちにホモフォビアがあるかどうかということだけではなくて、社会にあるホモフォビアが、ファンのコミュニティにも内面化されていて、これは外に出してはいけない、という自制が働いているように思います。

西原 もし、やおい同人活動の存在が公に知られてしまうと、自分たちにとってもダメージになるし、自分たちが好きなアイドルたちにいらぬ誤解が生まれるかもしれない。また、やおいの存在によって彼らの芸能活動に差し障りが生じると、自分たちがもともと萌えているメディア・コンテンツそのものが供給されなくなる可能性もあります。そのためできるだけ隠れて、同じ趣味の仲間だけでクローズドな状態でやっていこうというのが、同人活動の共通のルールとして昔からあると思います。

堀 腐女子という自嘲による自称が使われるようになったことも、そこに関係していますよね。

リアル世界とBL②――ゲイ男性からのBL批判

堀 リアルという点については、ゲイ男性のリアルと二次元の創作物の違いも議論されてきました。ゲイ男性から「俺たちをあなたたちの楽しみとして、いいように使わないでくれ」というBL批判が行われてきた歴史があります。腐女子たちは「ほっといてください」という形で隠れようとしてきたという批判もありますが、この点、前川さんからお話しいただけるでしょうか。

前川 ゲイ男性の立場からのBL批判は何度か行われてきましたが、特に有名なのは1990年代の「やおい論争」といわれるものです。それまでフェミニズムは異性愛男性向けのポルノグラフィにおける「見る―見られる」という一方的な構図を批判してきた。しかし、――当時はまだ「ボーイズラブ」という言葉は一般的ではありませんでしたが――BL作品を愛する女性たちは、その構図をマイノリティであるゲイ男性に対して当てはめ、「見る側」としての快楽を得ているのではないか。そういう批判です。
 また、BL作品に出てくる男性はみんな美形ばかりじゃないか、そうした過剰な美化は実在するゲイ男性への抑圧となりうるのでは、という批判も行われました。
 あるいは、BL作品が社会に存在するホモフォビアを前提として描かれたり、ホモフォビアを一種の舞台装置のように使ってしまったりすることで、結果としてホモフォビアを再生産してしまっているのではないかという批判もありました。
 もちろん、すべてのゲイ男性が批判していたわけではありません。『BLの教科書』にも書いたように、BLを愛読していた、あるいはBLによって救われたというゲイ男性も大勢いました。
 一つ特徴的なのは、ゲイ男性の立場からの批判に対して、BLを愛する女性たちが、すごく真摯に応答している点です。ゲイ男性の生身の声に、BLを愛する女性たちの多くは耳を傾けてきた点を、『BLの教科書』では紹介しています。

近年増えるBL実写化

堀 このように、実在する人物を扱ったやおい同人や、BLと現実のゲイ男性との関係はさまざまに議論されてきたのですが、今回考えたいのが、BL作品が実写化される現象についてです。
 日本でのBLの実写化は、2006年ごろから始まります。BLを描くオリジナル映画が製作され、2007年には「タクミくんシリーズ」(ごとうしのぶ)、「愛の言霊」(紺野けい子)、「いつかの君へ」(原案・国枝彩香)が映像化されました。以降、毎年のようにBL作品が実写化されていきます。ただ、そうした作品は、BLファン向け、あるいは、若手アイドルが主演することが主流だったので、アイドルファン向けという、比較的ターゲットを狭く想定したものだったと言えるでしょう。
 こうした流れに変化が起こるのが、2014年のヨネダコウさん「どうしても触れたくない」の映画化だったと思います。本作は、かなり広く話題になり、たくさんのメディアで取り上げられました。その後、2015年には女装する高校生を描いた「宇田川町で待っててよ。」(秀良子)、2018年に「花は咲くか」(日高ショーコ)が映画化されました。また、2019年に「ポルノグラファー」と「インディゴの気分」(ともに丸木戸マキ)がフジテレビによってドラマ化されています。このシリーズはかなり激しいセックスシーンがあるのですが、その点も含めて、原作の世界観を見事に実写化していて、驚愕というか「何を見たんだろう?」と思わせるぐらい力を放っています。Twitterでいまもファンに語られている名作です。
 今年に入って、「窮鼠はチーズの夢を見る」(水城せとな)と「Life 線上の僕ら」(常倉三矢)、「性の劇薬」(水田ゆき)と実写化が続いています。「性の劇薬」は電子コミックの映像化です。ヤマシタトモコさんの「さんかく窓の外側は夜」、「リスタートはただいまのあとで」(ココミ)も予定されています。今年実写5本というのは多いし、ビッグタイトルが揃っています。
 BLの実写化の歴史はこのように辿れますが、実際のところ、社会的にはテレビドラマ作品である、2018年の「おっさんずラブ」(制作・テレビ朝日)と2019年のよしながふみさん原作「きのう何食べた?」(制作・テレビ東京、松竹)の衝撃のほうが大きかったと言えます。
 ただ、この2つをBLと語っていいのかどうかは微妙で、というのも、「きのう何食べた?」は青年誌掲載の作品で、「おっさんずラブ」はオリジナルの脚本なんです。ですが、男性同士の恋愛関係を描いた作品が地上波で放映され、それが社会現象と言えるほど大きくヒットしてたくさんの人に愛されたのは、実写BLを考えるうえで欠かせない現象だと思います。

BL実写化が社会に与える影響

堀 ということで、テレビドラマで男性同士の恋愛が描かれることについて考えたいと思います。BLマンガやBL小説、2.5次元舞台や映画などは、好きな人がそこにアクセスしないと見ることはできませんが、地上波テレビ放映はアクセスしやすいですよね。その点を前川さんからお話しいただけるでしょうか。

前川 いま、堀さんがおっしゃった通りで、映画というのは大抵「この作品を観に行こう」と思って映画館まで行って、お金を払わないと観られないわけですし、マンガや小説も「この作品を読もう」という思いが先行するケースが多い。でもテレビドラマは、こちらの日常生活に向こうからやってくるわけですよね。「絶対観よう」と思っていなくても、たまたまテレビのチャンネルを変えているときに映るとか、裏番組に面白い番組がないとか。BLや男性同士の恋愛にとりわけアンテナが高い人でなくても目にする機会があるのが大きなポイントだと思うんです。
 BLに限定しなければ、男性同士の恋愛が描かれたテレビドラマはもっと前からありました。特に有名な作品は1993年に放送された「同窓会」(制作・日本テレビ)でしょうか。
 この作品にはジャニーズ事務所からも複数出演していますが、同性間の恋愛やセックスも含めて、かなりしっかりと描かれています。しかもインターネットの普及前、テレビが娯楽の中心だった時代ですから。みんな夜になったらドラマを観ていた中にこの作品が入ってきたのは、かなりインパクトがあったと思います。視聴率も高く、毎週楽しみにしていたというゲイ男性も多くて、「『同窓会』の日は二丁目のゲイバーが暇になる」とまで噂されたほどです。
 僕自身もこの作品は大好きでしたが、ただ、いま改めて観てみると、やはり当時の時代状況が反映されているとも感じます。最近の「おっさんずラブ」や「きのう何食べた?」などとは異なり、同性間の恋愛がかなり特別なものとして描写されている。わかりやすい言葉でいうと、「禁断の愛」として描かれている感じで、ハッピーエンドになることがちょっとイメージしにくい。やや重たい感じだったわけです。
 それに比べると、特に「きのう何食べた?」は原作が日常系マンガですから、日常としての男性カップルを描いている。2018年の「隣の家族は青く見える」(制作・フジテレビ)なども含め、日本のドラマにおける男性同士の恋愛の描き方は、かなり変わってきています。日常に位置付けられた男性カップルの姿がテレビドラマで流れるのは、当事者のエンパワーメントとしても大きいですよね。

堀 「弟の夫」(田亀源五郎、『BLの教科書』コラム参照)のNHKドラマ化もありましたしね。

海外にも広がるBL

堀 このように、BL実写化は日本でもされてきたのですが、どちらかといえば、BL作品を基にしていない作品の方が社会的な影響を持ってきたといえます。ここに大きな一石を投じているのが、現在のタイBLドラマの世界的ブームだと思います。

編集部 タイBLドラマはいま日本でも本当に大きなブームになっていますよね。Webや雑誌でひっきりなしに特集が組まれています。そう聞いて、「タイでBL?」と驚かれる読者の方も多いかもしれません。タイBLドラマの話にいく前に、海外でのBL事情について、少しお話しいただけますか。

堀 BLは日本発祥の文化です。『BLの教科書』に詳しく歴史を書いてありますが、竹宮惠子さんによる「少年愛」作品が少女マンガ雑誌に登場したのが1970年、それ以降、萩尾望都さん、木原敏江さん、山岸凉子さんといった少女マンガ家らによってこのテーマが描かれていきます。同時期にアメリカで、スラッシュ・フィクションというジャンルが起こるんですけれども、こっちは小説がメインです。日本ではマンガと小説がどんどん広がっていきます。
 第1回のコミックマーケット開催が1975年で、やがて海外のファンがコミックマーケットに同人誌を買いに来たり、90年代に次々と創刊されるようになったBL雑誌や単行本を買って持ち帰ったりということが起こります。台湾や韓国、中国、東南アジアの人たちが日本に買いに来て、それを国に持って帰る。そういう形で、BLが広がっていった。アジアだけではなくて、アメリカやヨーロッパ、南米など世界中にも広がっていったんです。
 そして、日本からの輸入だけでなく、オリジナルのBLを書く人も世界中で増えていきます。特にマンガに関していえば、パソコンの機能が向上してデジタルで描けるようになった影響が大きいといわれています。たとえばマンガを描くにはスクリーントーンなど独特の道具が使われますが、海外では入手できない場合もあります。そうした問題がデジタル化によってクリアされたんですね。日本的なマンガを描く人は、世界中にいます。2000年代になるとデヴィアントアートのような作品投稿コミュニティができたり、ピクシブのようなサイトもできて、気軽に自分の書いたイラスト、ファンアートを発表できるようになりました。
 また、小説は特別なツールもいらないし、すぐ創作にかかれるという利点があります。タイではBL小説が、(やおいの頭文字をとって)Y小説と呼ばれていますが、BLファンの女性が会社を立ち上げて出版しているそうです(3)。そのタイで生まれたオリジナル小説をもとにして――ドラマオリジナル脚本もあるんですが――つくられているのがタイBLドラマです。

編集部 ありがとうございます。スクリーントーンなど技術のお話も面白いですね。それでは、いま日本でブームとなっているタイBLドラマについて、概要からお話しいただけますか。

タイBLドラマの特徴――ネット配信と字幕

堀 タイBLドラマは、YouTubeなどで配信されている点に大きな特徴があります。インターネット配信されているということは、テレビドラマが、放送される空間や場所という壁を超えることを意味します。基本的にはネットがあれば、世界中、どこででも見られるわけです。
 ネットによって場所という壁を一つ超えたんですが、もう一つ大きな壁があって、それが言語の壁です。日本でタイ語を理解できるタイBLドラマファンは少ないと思いますが、それをどういうふうに乗り越えているかというと、ドラマの制作会社が英語の字幕をつけてYouTube配信をしているのです。英語がわかる人であれば、そのまま見ることができますよね。そして、これが大きいのですが、制作会社が字幕機能を開放していて、ファンが字幕をつけることができるんです。その機能を使って有志がボランティアとしてそれぞれの言語で字幕をつけています。
 タイBLドラマのユニークなところは、このYouTubeの字幕をつける機能をオープンにしたことだと思います。ファンにある程度作品を委ねているといえるでしょう。日本ではファンクラブ活動をしている人たちが、ドラマ制作会社とコンタクトをとって字幕をつけることが慣例となっているようです(4)。なので、ファンが勝手につけてるというより、制作会社がファン活動にお墨付きを与えている、もう少し踏み込んで言えば、制作会社がファンにサポートをしてもらってると言ってよいと思います。字幕があるからこそ、言葉の壁を超えて、いまタイのBLドラマが世界的に見られているという現象が起こっているからです。

ネット配信のグローバルな共時性

堀 YouTubeは広告は入りますが、無料で、いつでも何回でも繰り返し見られます。現在の私たちにとってインターネットでYouTubeを見るというのはお茶の間のテレビ並、あるいはそれ以上といっていいぐらい身近なものです。いまはテレビが家にない人も少なくありませんよね。インターネットでタイのBLドラマが配信されていることの影響を、どう考えればよいでしょうか。

前川 まず、先ほどテレビで言い忘れていた話なんですが、テレビというメディアの大きな特徴の一つに共時性(ここでは、空間を隔てて同時に同じ体験を共有すること)があります。たとえば同じ瞬間に全国各地のテレビで「おっさんずラブ」が流れ、何十万何百万という人が「おっさんずラブ」を観て、一斉にTwitterで感想を書いたりする。少し前の時代だと、2ちゃんねる(5ちゃんねる)の実況スレみたいな流れになるわけですが、こういう共時性は一体感の基盤となり、ファンコミュニティが非常に形成されやすい仕組みだと僕は思っています。
 マンガや小説の場合は、たとえみんなが発売日に買ったとしても、同時に同じページを見ているわけではないので、実況ってできないですよね。でも、テレビ番組は実況ができる。Twitterでハッシュタグをつけてツイートしたり、LINEで友達とやり取りしたりしながら観られる。それらを通じて、ファンコミュニティの広がりをつくりやすい仕組みだと思うんですね。
 ただしテレビには限界があって、基本的にナショナルなメディアなんです。日本というナショナルな枠組の内部に限定される。もちろん日本のテレビ番組が海外に輸出されたりもするけど、そこには翻訳という作業が入るのでタイムラグが生じる。日本のマンガや小説もたくさん海外に輸出されているけど、やっぱり翻訳もあるし、版権の問題もあるしで、時間がかかる。
 ところがタイBLドラマの多くはYouTubeを通じて世界各地から視聴でき、しかもこの春に大ブームになった「2gether the series」はプレミア公開を行っており、世界中の人が毎週、同じ時刻に揃って視聴できました。するとどうなるかというと、みんなカウントダウンから待機し、ドラマが始まったとたんYouTubeのコメント欄がすごい勢いで流れていく。Twitterでも世界各地のファンが「2gether」の感想を一斉にツイートし、世界トレンドの1位を記録する。

堀 ずっと1位を占めてましたね。

前川 なんてことが起こるわけです。テレビではなしえなかった、グローバルな共時性が生まれてくる。実際そのハッシュタグを辿ると、中国語もある、英語もある、日本語もある、もちろんタイ語もある。本当にいろんな言葉で「2gether」の感想が書かれているわけです。すごく面白いと感じたのは、BLや「萌え」の感性が、ナショナルなものではなかったんだという気づきです。もちろん小説やマンガでもわかってはいたんですけれども、「2gether」では共時性がある分、「ああ、国とか言葉とか関係なく、みんなこのシーン好きなんだ」「国境を超えて萌えを共有できるんだ」と改めて感じることができたんですね。このグローバルな共時性は僕にとって新鮮な驚きでした。
 実際僕も「2gether」の「祭り」に参加していてとても楽しかったわけですが、もう一つ感動したことがあります。ファンであり、ゲイ男性当事者でもある自分がTwitterでみんなの感想を追っていくと、「世界中の人が、男性同士の恋を応援してくれているんだ」と嬉しくなるんです。ドラマの中でも、主人公の友人たちが男性同士の恋愛を応援する場面が多いのがタイBLの特徴の一つなのですが、それだけでなく世界中のファンが「サラワットとタイン、がんばってくっつけよ」と主人公たちの恋愛の成就を祈っている。これはちょっと勇気づけられましたね。ファンだから当たり前といえば当たり前なんですが、誰一人、「禁断」とか「男同士気持ち悪い」とか、そういう話はしない。これは純粋に嬉しかったです。そういう意味で、BLが当事者へのエンパワーメントにもなるし、現実の社会を変えていく可能性を感じさせる。日本の実写BLにも、タイの実写BLにも、あるいはBLそのものにも、そういう力があるのかなというふうに僕は思っています。

堀 もう一つ、世界的な共時性という話に付け加えさせてもらいたいのが、字幕をつけているファンクラブの方たちが、世界中のファンクラブと連絡をとりながら活動しているという点です。タイの制作会社とも友好的な協力関係を築いた上で、仕事ではなくてボランティアとしてボーダレスな活動をされています。これは本当にすごいことで、楽しませてもらっている身として感謝しかないです。
 こういうファン活動というのは、K-POPのファンの人たちの自発的な活動の影響がとても大きいと言われています。グローバルな展開、ファンとの交流を重視してきたファンダムのあり方はタイBLに引き継がれていると言えるかと思います。

タイBLドラマの人気を支える「カップリング」

編集部 タイBLドラマの人気の秘密はどこにあるのでしょうか。

堀 タイBLドラマに出演している俳優の人気は、俳優さん単体ではなく「カップリング」がメインです。カップリング、つまりドラマの中でのカップルをファンが作品終了後も愛していて、なおかつ情報の送り手側もカップリングを前面に打ち出しています。制作会社や俳優本人など、いわゆる「公式」から、カップルの写真や動画がどんどん「燃料投下」されます。もちろんファンにとっては嬉しいことで、それを拡散する活動も進みますよね。あと驚いたのが、タイBLの俳優さんが、自分が主役になってる二次創作を読んで、「どうして俺のことがわかるの?どうもありがとう、面白いよ」ってコメントする動画をアップしていたり。私はそれを見てヒェーってなったんですが(笑)、BLを、俳優さんもファンも一緒に楽しんでいるところがあるように思います。
 カップリングの例をあげれば、タイBLドラマの代表作と言える「Sotus the series」は2016年に最初のシーズンがあって、続編の「Sotus S the series」の配信は2017年です。人気作だけあって、いろんな国でファンミーティング(ファンのためのコンサート)が開催され、主演のカップリングのファンミーティングは、作品終了後も何年間も行われてきました。そして、このコロナ禍のタイミングで、オンラインでのファンミーティングが実施されました。これは、タイBLドラマを多数制作しているGMMTVが、韓国のV LIVEというプラットフォームを利用して開催したものです。4週連続で1週に1カップリングが登場したのですが、トップバッターを務めたのが、先にあげた「Sotus」のカップリングの二人です。
 1回のライブにつき、チケットが900バーツなので約3000円。世界70ヵ国以上から、10万人以上参加したと言われています(5)。1つのアカウントで2つ見ることができるので、少なく見積もって1億5000万円、最大で3億円くらいが2時間半くらいのオンラインライブで動いた。これが4週にわたって行われたわけです。巨大なビジネスですよね。
 このように、タイBLには、2017年にドラマが終わっても(6)、2020年に大きなイベントのトップバッターを務める、そうしたカップリングがずっと続いてるという大きな特徴がありますが、これはジャニーズやK-POPの場合はちょっと事情が違うというふうに聞きましたので、そこのお話を西原さんお願いできますか?

ジャニーズ、K-POPの「カップリング」――BLにしないジャニーズ、ニアBLのK-POP

西原 ジャニーズはジャニーズジュニア(デビュー前の研究生)を二人一組の「シンメ」(7)にして売り出す文化があります。それもあって、シンメの二人をBLの目で眺めて二次創作するということはあります。しかし、ファンが一人のアイドルを応援する「担当」という表現があるように、基本的にジャニーズではアイドル単体のファンになるので、はじめからカップル単位で見ることはあまりないと思います。しかもシンメはあくまでもジュニア時代のものなので、デビューすると表立っては演出されなくなってしまう。
 また、グループは大人数で設定されるので、グループ内で総当たり的にいろいろな組み合わせが出てきます。その中でファンたちが、ある二人の組み合わせを「王道」だと萌えることはありますが、テレビやコンサートを見ていても、特定のカップルだけが強く推されているという感じはしません。
 ちなみに、シンメかBLカップルか、というのはファンの中で切り分けられていて、そこがけっこう興味深いところです。シンメの二人は、どれほど仲良しだとしてもあくまでもパフォーマンス上の関係・友愛関係であって、BL的な恋愛関係ではない(BLにしたくない)。たとえばジュニア時代からのシンメとして嵐の相葉くんと二宮くんの強い絆が好きだけれども、その二人がBLとして妄想されるのは拒否する、みたいな。シンメの二人を恋愛と読むか否か、どこかで線引きがされているみたい。
 二人一組で売ることをもっと戦略的にしたのがK-POPです。K-POPの場合はアルバムごとに毎回公式カップルがありまして。

堀 アルバムごと?

西原 「カムバック」という、アルバムリリース時の活動期間があります。どのグループにも高い人気を誇る二人組はいますけれども、それとは別にカムバック期などに事務所側がカップルを「公式」で作って売り出します。
 たとえばミュージックビデオなどで二人が絡み合う演出があったりします。公式カップルがその都度変わるのは、事務所側がいまこの二人を売り出そうというのもありますし、ファンたちがコンサートなどでのパフォーマンスを見て、この二人がいま熱いね、とTwitterなどで盛り上げていると、それを事務所側がすくい上げて、次のカップリングはこれでいこうという。送り手が「この二人が公式です」などと宣言をするわけではありませんが、メディアでの露出を見ると、いまこの二人が推しカップルなんだなというのがわかります。とはいえ、BLに近いけれども、あくまでもBLではない。

堀 なるほどずいぶん違いますね。タイBLの面白いところは、現実世界でもBLをやっちゃうところです。俳優が自分たちでアップしているインスタや動画もそうだし、制作会社が配信しているものもそうなんですけど、「いやいや、こんなBL、私、読んだことあるわ!」みたいなことをカップルがリアルでやってるんです。おそらくそこに台本はなくて、彼らの日常的なふるまいがオープンにされているんだと思うんですけど。
 タイBLドラマはもちろん、作品自体が魅力的でブームになっているのですが、単体の俳優ファンだけでなく、カップリングを愛するファンをつかんで離さないという点が大きいように思います。西原さんがK-POPやジャニーズはBLそのものじゃなくて、ニアBL、近いBLと表現されましたが、タイBLはBLそのものを俳優さんたちがやっちゃってるというあたりが非常に斬新なんですよね。こういうことはいままでなかったと思います。
 最初にお話を伺ったように、アイドルの二人を同性愛関係に見立てることはファンの中で内々にして隠さなければいけないこと、それは表立って言ってはいけないという暗黙のルールがあったのに、タイBLでは本人たちがやっちゃってるよ、という。そこが、ずいぶん風通しがいい。隠さなきゃならないとか、息苦しさがなくて、カップリングの二人が仲良しでお互いに信頼関係があって、イチャイチャしてるのをみんなが応援できるというサッパリ感というか清々しさというか、この突き抜け感というのはBLのあり方として、とても新しいと思っています。

BLの口コミ文化とグローバルなファンダム

前川 先ほどの、K-POPがインターネット、SNSをすごく上手に使っていて、タイもおそらくそれを受け継いでいるという話。堀さんもおっしゃる通り、ドラマの作り手側から見ると、いわば「ファンがSNSなどを駆使して自発的に宣伝してくれる」状況が生みだされているわけですよね。たとえば今回のファンミーティングについて、日本でテレビCMやチラシが入ったかというと、一度も入っていない。でも、日本からもかなりの数のファンが視聴したはずなんですよ。これはすごいことで、言い方は悪いけど、直接的な宣伝費はゼロでこれだけのファンを動員している。
 そこで少し考えていたのは、「BLって、そもそも口コミの文化だよな」という点なんです。ほとんどのBL作品は、派手に広告が打たれるわけではないし、テレビでバンバンCMが流れるわけでもない。けれども、口コミでワーッと伝わっていく。

堀 『BLの教科書』でも取り上げている「ちるちる」というポータルサイトがあります。ちるちるは企画や記事も充実しているんですが、基本はレビューサイトなんです。ちるちるの情報を見て、この作品を買ってみようと思ったりする。BLは口コミ文化だというのは、まさにこのサイトに表れていますね。

前川 本当にそうですね。派手な広告ではなく、作品の質で勝負する。ファンもそれを知っているので、良質な作品に出会えたら自発的に広報役を買って出て、積極的に周囲に薦める。そんな口コミ文化が育まれてきたのだと思います。
 タイBLドラマについても、先ほど堀さんがおっしゃったファンクラブの方や、字幕をつけてくださる方、様々な形で作品の魅力を発信しておられる方など、非常にたくさんの方々の熱心なファン活動の上に、この春の日本におけるタイBLブームがあった。そうしたファン活動を続けてこられた方々がおられなければ僕たちはタイBLに出会えていないわけですから、本当に有難いです。
 大資本でボーンと宣伝を打つんじゃなくて、口コミで広げていくというBLの文化と、K-POPが上手に使っていたインターネットやSNSの力。相性の良いこの2つが合流した地点に、タイBLがあるような気がします。

西原 ネットを通じたファン同士の活動には、タイBLもそうでしたが、K-POPのファンたちがお金を出し合ってタイムズスクエアに広告を出すというものがあるじゃないですか。これも一つの特徴ではないかなと思います。自分たちで力を合わせて協力すれば、こんなに社会を動かすことができるんだという。

堀 K-POPのほうもタイBLのほうも、ファンがすごく主体的に動いてて、これをボランティアでやってるというのが、ちょっと信じられないレベルというか。字幕をつけて、チェックして、事務所と交渉して、ネットにアップしてということだけでもすごいのに、他にもタイムズスクエアの広告のような企画や、ラッピングバス、他にも動物保護や児童養護施設への寄付などを、世界中のファン同士が連帯しながらやってるというのは、興味深い現象だと思います。
 ファンクラブの方に「活動のうえで、注意していることはなんですか?」と聞いたら、「俳優を応援するという活動だから、邪魔しないということに一番気をつけてるし、彼らが有名になってほしいし、彼らがよい活動ができる環境を整えたい」って答えだったんですよ。平和で、あたたかい感じがしますよね。

(2020年6月12日オンライン収録)

(1)実在する人物を題材にした同人(二次創作)作品。
(2)やおい同人とは、マンガやアニメなどに登場する男性キャラクター二人を恋愛・性愛関係に読み替える行為やそれによる二次創作作品を指す。ただしマンガなどのキャラクターに限らず、実在の人物や人間ではないモノなども、やおいの題材となる。ファンたちは同人誌を作り即売会などで頒布したり、SNSなどをつうじてファン同士で交流したりするなどの活動をおこなう。
(3)朝日新聞「日韓、タイで融合 やおい作品と韓流アイドルが出会った」(守真弓)2019年12月19日 https://www.asahi.com/articles/ASMCP6J79MCPUHBI04D.html
(4)後述する「Sotus the series」の主演カップリングの日本ファンクラブ(KristSingto Japan FC、Singto Japan FanClub、KristPerawat_JFC)へのメールインタビューから。
(5)THOMAS BAUDINETTE, “REFLECTIONS ON GMM’S “GLOBAL LIVE FAN MEETINGS”: GLOBALISING THAI BL” June 2, 2020(https://thomasbaudinette.wordpress.com/2020/06/02/reflections-on-gmms-global-live-fan-meetings-globalising-thai-BL/
(6)「Sotus」「Sotus S」の後日談として2018年に一話完結のドラマも制作されている(「Our Skyy」収録)。
(7)「シンメトリー」を略した言葉で、ステージ上で左右対称となってダンスを踊る、固定した二人の組み合わせのこと。

有斐閣 書斎の窓
2020年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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