国道3号線 抵抗の民衆史 森元斎(もとなお)著
[レビュアー] 栗原康
◆民衆蜂起 土着のエネルギー
コロナだよ。ウイルス的な生が人間の死生に揺さぶりをかけている。生命体なのに生物じゃない。感染、増殖、死滅を繰り返し、またとびうつって変異していく。およそ人間の主体というものは生/死の区分を前提とし、自らの生を自ら管理するものとされてきた。自らの意思で、生きている時間を有効に使う。だがそんなものは無に突きおとされた。生死をとびこえ生きるのだ。
さて、本書の舞台は九州、国道3号線である。鹿児島から熊本、そして北九州へ。日本近代化の礎として過度に開発を進められ、めちゃくちゃにされてきた地域である。人柱だ。著者の森元斎はその周辺でたちあがった民衆蜂起をとりあげ、その土着的なエネルギーを汲(く)みとろうとしている。
たとえば水俣病。作家の石牟礼(いしむれ)道子は水俣病患者と接して、自らの死生を揺るがされた。死に瀕(ひん)していた被害者はかわいそうな被害者などではなかった。体がひん曲がり、悶(もだ)え蠢(うごめ)くその身ぶりがとてつもなく美しい。言葉ならざる言葉だ、人間を超えた言動だ、この世ならざる表現だ。
石牟礼が無をくぐり、生でも死でもない世界を生きはじめる。ひとならざるものが見えてくる。あの世でもこの世でもない、もう一つのこの世に誘われる。その力を誰も拒むことはできない。意思の問題ではない、誘われてしまっているのだから。「しゅうりりえんえん」。その音を聴いてしまったら、誰もが悶えて加勢してしまう。すでに死んでいる者たちも駆けつける。怨、怨、怨、されど怨だ。
いまそういう力を発揮しているのはBLACK LIVES MATTERだろうか。蜂起する民衆の身体に無が見える。自分の意思ではない、死者たちからの雷鳴のような呼びかけに身を震わせて、生死をとびこえ暴れるのだ。たとえ死んでも、あの支配者たちを恐怖に陥れてやる。次は火だ。鎌をもった婆が叫ぶ。無を造形せよ。Abolish the Police! 国家も資本主義も人種も階級も、人間の主体すらも廃絶してやれ。我々(われわれ)は火にガソリンを注ぐ。ビバ、アボリショニズム!
(共和国・2750円)
1983年生まれ。長崎大教員、哲学・思想史。著書『アナキズム入門』など。
◆もう1冊
『BLACK LIVES MATTER黒人たちの叛乱(はんらん)は何を問うのか』(河出書房新社)