12年の苦闘を経て 江戸時代の船乗り圧巻の生還劇

レビュー

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漂流

『漂流』

著者
吉村, 昭
出版社
新潮社
ISBN
9784101117089

書籍情報:openBD

12年の苦闘を経て 江戸時代の船乗り圧巻の生還劇

[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)

書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

今回のテーマは「台風」です

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 江戸時代に漂流の例が多いのは、大型船の建造を幕府が禁止していたからである。だから嵐に遭うと船は破壊され、漂流するケースが多かった。

 高橋大輔『漂流の島』(草思社)によると、12月から3月にかけてが、西風や北風が猛威をふるう嵐の季節だという。そして海流の関係なのか、多くは八丈島の南290キロの鳥島に漂着する。この鳥島に漂着した6例が、高橋大輔の前記書(鳥島の歴史を克明に描いているので興味深い)で紹介されている。記録に残る最初の漂着民は、1681年の7人で、破船の廃材で船を作り、半年足らずで帰国している。帰還したから記録に残っているのであり、その地で果てた者は記録に残らない。

 6例のトリをつとめるのは万次郎らのグループだが、その56年前に鳥島に漂着したのが、土佐の長平たちだ。この長平のケースを描いたのが吉村昭『漂流』である。

 長平ら4人が最初に漂着するが、長平以外は死亡。彼はたった一人で生きていくことになるが、やがて他のグループが漂着し、その生き残り14人が流木で船を作って帰国するまでを、その気の遠くなるような歳月の苦労と工夫を、克明に描きだすので圧倒される。

 鳥島はアホウドリの島でもあるので、その鳥を捕まえて食料とするが、そういう生活のディテールも圧巻だ。作った船を海に下ろすために道を作らなければならず、それだけでも数年がかりというから、すさまじい話である。

新潮社 週刊新潮
2020年9月17日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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