[本の森 仕事・人生]『コンビニ兄弟―テンダネス門司港こがね村店―』町田そのこ/『愛されなくても別に』武田綾乃

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愛されなくても別に

『愛されなくても別に』

著者
武田, 綾乃, 1992-
出版社
講談社
ISBN
9784065205785
価格
1,595円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 仕事・人生]『コンビニ兄弟―テンダネス門司港こがね村店―』町田そのこ/『愛されなくても別に』武田綾乃

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

電気、水道、ガス、そしてコンビニ。今やコンビニは、日常生活の維持に欠かせない「第四のインフラ」となりつつある。そこは、時に人間関係をも備給する。

 町田そのこ『コンビニ兄弟―テンダネス門司港こがね村店―』(新潮文庫nex)は、福岡県北九州市のコンビニを舞台にした連作短編集だ。三〇歳の店長・志波三彦は超絶イケメン。朗らかな笑顔を撒き散らす彼は、時に相手の心に一歩踏み込んだ言葉をお客さんに紡ぐことで、彼らの倦んだ現状を打破するきっかけを与える。時に何でも屋家業を営む兄と連携して、会うべき人と人とを出会わせる。漫画家になるという夢を諦めるかどうかで悩む中年の塾講師、この店のイートインスペースでだけ、グループが異なるクラスメイトと話ができる女子中学生……。大学生バイトに、彼はぽろっと心の内を明かす。「コンビニ店員だって個性があっていいんだよ。そしてぼくはね、ふらっと立ち寄るだけの場所だからこそ、最高に居心地のいい空間にしたいんだ」。ここは店員と客、客同士がお互いの人生を交歓し合う、れっきとした社交場なのだ。

『コンビニ兄弟』は昼のコンビニの正の側面をクローズアップしているが、夜のコンビニにはまた別の顔がある。武田綾乃『愛されなくても別に』(講談社)は、自宅で母親と暮らす大学二年生・宮田陽彩の物語。彼女は学費を全額自分で払い、なおかつ月八万円を家に入れるために、深夜のコンビニで週六日バイトをしている。〈深夜のコンビニは、静かに生きている貝みたいだ。貝殻の隙間から酸素が出入りするように、人間たちが入って出てを繰り返す〉。昼間とは違い、客がいない時間が長いのだ。そこでももちろん仕事はあるが、空いた時間を潰す相手はバイトの同僚だ。深夜だからこその独特のテンションで、宮田は大学六年生の堀口と社会の有り様について語り合うのが日課だった。ある日、バイトの後輩で大学の同級生である江永雅と、お互いの家族にまつわる会話を交わしたことから、現実を知ることになる。自分は母に、搾取されていた。お金と、愛を。

 そこから始まり、さまざまな「娘」たちの事情にタッチしながら描かれていくのは、母との別離の儀式だ。その過程で現代社会の暗部が次々にあぶり出されていくが、江永との間に結ばれたシスターフッドが、宮田に前を向かせる。透徹したリアルを追求している物語である以上、奇跡は起こらないし大々的な回復はない。ただ、ささやかな祝福が最後に用意されている。その祝福は、コンビニを舞台にしたからこそ出現させることができた種類のもの。コンビニならではのありふれた身振りが、こんなにも熱い感動を招くことになるなんて。

 コンビニには、商品だけでなく、人間がいる。そこには、無数のドラマが埋まっている。それを掘り起こす新しい才能の出現を、コンビニは待っている。

新潮社 小説新潮
2020年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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