[本の森 ホラー・ミステリ]『名探偵のはらわた』白井智之/『楽園とは探偵の不在なり』斜線堂有紀/『死神の棋譜』奥泉光/『黄色い夜』宮内悠介

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[本の森 ホラー・ミステリ]『名探偵のはらわた』白井智之/『楽園とは探偵の不在なり』斜線堂有紀/『死神の棋譜』奥泉光/『黄色い夜』宮内悠介

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

現実から大なり小なり逸脱しつつ、主役の心はこの世界にあり、そして結末での心のありようが素直に読み手に沁みてくる。そんな共通点のある四冊だ。

 まずは白井智之『名探偵のはらわた』(新潮社)。過去の大犯罪が現在に蘇った。男性性器切断事件や三十人殺しなど、昭和の大事件めいた事件が、現代において、現代の人間によって繰り返されるのだ。その奇っ怪な事件に挑む名探偵を、助手的な立場の原田亘という青年の視点から本書は描く――のだが、なにしろ著者が著者だ。この紹介文以上にひねくれた物語である。犯罪が現代に蘇る理由も、現代に蘇ったそれぞれの犯罪の関連も、名探偵と原田の関係も、想定外のアングルで読者の想像を超越する。そこに丹念なアリバイ吟味や、人の手によるトリックが組み合わさり、意外で合理的な結末を経て、ほのかな成長の香りとともに着地する。唯一無二の味だ。

 斜線堂有紀『楽園とは探偵の不在なり』(早川書房)には天使が登場する。二人殺したものを地獄に落とす天使だ。この天使が無数に降臨してきた結果、世界は変わった。そんな世界において、ある孤島の館で連続殺人らしき事件が発生する。誰がどうやってこの事件を成立させたのか。島に招待されていた探偵が真相解明に挑む……。解明される論理の面白さとともに、徐々に明かされる探偵の過去も興味深い。そしてこの事件の後の探偵の心も、読み手の心に響く。十二分の満足を宿した一冊だ。

 続いて奥泉光『死神の棋譜』(新潮社)。二十二年前に発生した棋士の失踪事件が現在(二〇一一年)に蘇ってきた。またしても棋士が失踪したのだ。共通項は、不詰めの詰将棋だった。プロ棋士を断念してライターに転じた北沢はこの謎に興味を持ち、東京から北海道、茨城など、様々な土地へと足を運んで関係者から話を聴く……。本書では、将棋の駒はときに九×九の将棋盤を逸脱し、北沢の調査行はときに現実を逸脱し、しかしながら人々は十分に生臭く、物語は流れていく。著者は、過去と現在、現実とその外側や裏側を自在に操りつつ、知的刺激と不安に満ちたエピソードを連ねて読者を結末へと導いてくれる。推理の鮮やかさと不条理の不気味さが共存する結末へと。豊穣と深淵を堪能した。

 宮内悠介『黄色い夜』(集英社)は、エチオピアの隣国が舞台だ。ギャンブルに支えられたこの国を訪れたルイこと龍一は、カジノ塔の頂上での国王との勝負を目指し、旅で出会った男を相棒に、様々な勝負に挑んでいく……。架空の国におけるギャンブルの連続のなかで、架空の国を“場”とする主人公の夢/計画が語られる。現実から浮遊しつつもスリルはリアルであり、ルイの心もまたリアル。彼の旅と冒険に読者として伴走できたことを喜びたい。

新潮社 小説新潮
2020年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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