「私、認知症なんですよ」と気軽に言える世の中に

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「私、認知症なんですよ」と気軽に言える世の中に

[レビュアー] 信友直子(映像ディレクター)

 コロナ禍で心が弱っている人、とても多いと思う。かく言う私もその一人だ。そんな時期に読んだからか、「認知症になった認知症専門医」である長谷川和夫先生がご自身の体験から思いを綴られたこの本は、心に沁みた。悲観しなくてもいいんだ。ありのままでいいんだ。読んでいるうちに涙があふれ、救われた思いがした。この本は、認知症と現在直面しているわけではない人にとっても、精神安定剤のような役割を果たすのではないだろうか。

 副題にあるように、ご自身が認知症になって得られた気づきが百項目、それぞれ見開きで紹介されている。だから辛い時にパッと開いたページを読むだけでも、励まされ元気になれる。認知症への不安を抱えた人や介護中の人はなおさらだ。

 まず「長年認知症の予防を研究してきた私でもなるくらいです」という言葉に安心した。それなら誰がなってもおかしくないし、恥ずかしいと思う必要もない。母が認知症になった私も「何かしてあげられたんじゃないか」と自分を責めなくてもいいと思える。

「認知症の人が暮らしやすい町は、誰にとっても暮らしやすい町」。この言葉も印象的だった。「私、認知症なんですよ」とご近所に気軽に言えて、お互い様の精神で助け合える世の中になれば、認知症の人や家族の負担は劇的に緩和されるだろう。

「認知症になっても、私は私のままであり続けています」この言葉からは今後の生き方へのインスピレーションをもらった。

 実は私はおそらく他人様よりも切実に、将来自分も認知症になるのではという恐怖とともに生きてきた。母も、その母も、認知症だったからだ。でも本書にあるように「なったものは仕方ない」のだから「ありのまま受け入れ」ればいいのだ。フッと気が楽になると同時に、「そうだ、認知症になっても私らしいことをし続けていこう」と思いついた。つまりそれは、認知症とともに生きる自分を動画で自撮りすること。撮れるところまで撮って、最後は編集能力がなくなっているだろうから、信頼する仲間に編集をお願いして作品にしてもらおう。思い立ったら行動は早い方なので、さっそく仲間にプランを話して約束を取り付けたらなんだかワクワクしてきた。

 認知症の人のセルフドキュメンタリーなんて見たことない。この本に私が勇気をもらったように、誰かに元気をあげられるかもしれない。そう思うと、不謹慎だけど少し、認知症になるのも楽しみになってきた。

新潮社 週刊新潮
2020年10月22日菊見月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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