『蓑虫放浪』
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明治時代のインスタグラマー? 自由人が遺した“憧れの生き方”
[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
蓑虫山人(みのむしさんじん)、本名は土岐源吾。幕末から明治の激動期を生きた絵師であり自由人である。この本は、その自由人の人生と絵をたどる力作評伝だ。すばらしい図版がたっぷりあり、年譜と絵とを見比べて読みすすめることができるという、楽しくて贅沢なつくりになっている。
立派なものを立派に描く絵ではないから、見るこちらも気楽だ。甕にうつる自分を見て大喜びの子ども、露店で盆栽やスイカを売る人。ちょっと富岡鉄斎にも似た、ひょうひょうとした味わいのある絵だ。旅先で乱暴な若者たちに因縁をつけられ、仕方なく股くぐりをさせられている自分の情けない姿や、僧の吹く石笛(ほら貝のような巨大なもの)の音の迫力に圧倒される自分の嬉しそうな顔なども描いている。この本のなかで蓑虫山人がインスタグラマーにたとえられているのは卓見だ。どこへでも旅をし、珍しいものを発見し、体験を楽しんでいる自分を活写した。話にしろ絵にしろつねにちょっと「盛って」いるのは、サービス精神というものだ。彼は、多くの人に「ほらほら、広い日本にはこんなところもあるよ、こんなものもあるんだよ。すごいね、びっくりだね」と言い続けた人なのである。好きになっちゃうなあ。
東北で縄文石器に初めて出会ってからは、熱心にそれらの「神代石・神代品」(遺跡から出土した石器や土偶)を見て歩き、その後知人の紹介で、遺跡の調査をする政府高官とも知りあい、意気投合。みずから遺跡の発掘にも参加する。土偶の絵をたくさん描いているが、すべて、好奇心でキラキラする子どものような目でとらえていると思う。
変人であることは間違いないが、人はみな、こんな生き方に憧れたり共感したりするところがあるはずだ。「一生、青春」という生き方を可能にしたのは、日本がすっかり生まれ変わる、それ自体が青春のような時代だった。