地球惑星科学を専攻し、東京大学大学院博士課程を修了した異色の経歴を持つ小説家・伊与原新さん。科学の知見を活かした独自の作風が大きな注目を集め、このたび、最新作『八月の銀の雪』が第164回直木賞にノミネートされました。
サイエンスリポートでは、伊与原さんと大学院時代に同じ研究室に所属し、旧知の間柄だという、国立極地研究所の菅沼悠介准教授との対談が実現。久しぶりに再会したという2人に、研究者時代のエピソード、伊与原さん最新作『八月の銀の雪』と菅沼准教授も携わる地質時代「チバニアン」研究とのつながりについて語っていただきました。
ほぼ1年ぶりに再会して
伊与原:この前お会いしたのは、新田次郎文学賞の受賞の時ですよね。
菅沼:そうでした。僕らは同じ研究室の出身なんですけど、学年でいうと4つぐらい上でしたか?
伊与原:古地磁気学と呼ばれる分野ですけど、菅沼くんが実験室にいた時は、僕はポスドク(博士取得後の研究員)をしていましたよ、1年ぐらい。
菅沼:東大で?
伊与原:パリで。
菅沼:そうでした! で、そのあと一緒にフィールド(野外調査)に行ったりしましたね。
伊与原:ええ、行きました。イタリアに行ったね。
菅沼:2回行きました。それでその後、伊与原さんはアメリカに留学したので、そこへも遊びに行きましたよね。
伊与原:そうそう。(笑)
菅沼:われわれ、バックグラウンドはちょっと違っていて、伊与原さんは地球物理学、一方、僕は地質学です。イタリアへ行った時も、僕が地層を調べて、伊与原さんがひたすらサンプルを取るという。
伊与原:われわれの研究分野は、地質と地球物理の境界領域みたいなところがあって、どちらかにバックグラウンドを持つ人が多いですね。
菅沼:研究分野として、地球物理と地質の境界が、どこかにバシンとあるわけじゃないです。
伊与原:そうですね。物理をメインにやっていた人たちは、やっぱり地質学者の助けがないと、なかなかいいサンプルにめぐり会えないということがあります。かつてプレートテクトニクスが生まれた時は、地磁気の方向を使って大陸の配置を復元するようなブレークスルーに、古地磁気学が大きく貢献したけれど、もうその時代を終えてしまい、できることが少なくなってきているんです。今は他のデータや別の指標などいろんなものを突き合わせていくといった新しいやり方が必要とされていますね。
チバニアン裏話と地磁気反転
菅沼:ところで、その受賞祝いの時に、チバニアンのことをもっと一般の人に伝えなければいけない、そのためにはSNSをやったほうがいいよって伊与原さんに言われたんですよね。それで僕はSNSを始めたんです。
伊与原:チバニアンがメディアに取り上げられていくなかで、地磁気がどのくらい人々の理解を得られたか、感触みたいなものはありますか?
菅沼:僕が接した限られた範囲では、やはりあったかと思います。
伊与原:でも、地磁気が逆転するということを、普通の人はまず知らないでしょう?
菅沼:よく言われるのは、地球がひっくり返ったんですか、とか。
伊与原:自転方向が変わった、とか。
菅沼:そうですね。たぶんそう思っている人もまだいっぱいいると思うんですけど、それでも少しは認知度が高まったかなとは思います。地球は大きな磁石で、北極がS極、南極がN極なわけですけれども、地磁気の逆転とはそのNとSが逆転することなんです。
伊与原:この間も取材を受けた時に、自分が地磁気のことをやっていましたという話をしたら、それは何の役に立つのかという話になって。ちなみにチバニアンのことも聞いてみたら、その人の中で、地磁気逆転とはつながっていなかった。
菅沼:つながっていないんだ!……うーん。チバニアンの場合は地磁気逆転に加えて、その当時の環境が氷期、間氷期、氷期と変化したことが詳しくわかることが決め手になったんです。
伊与原:僕が面白いなと思ったのは、僕たちが78万年前と習ってきた前回の地磁気逆転の年代が、今回の成果で77万年前、つまり1万年前倒しになったということです。これは驚きというか、とてもいい研究だなと思った。
菅沼:もともと地磁気逆転のきちんとした年代(77万年前)を決めたいというのが最初の目的だったんです。そうしたらなぜかチバニアンが出てきちゃったという「ひょうたんから駒」状態!(笑)今後計画されている南極氷床コアの掘削計画で地磁気逆転の時の氷も取れる予定なので、地磁気逆転の年代をしっかり決めてから取りかかるべきだと思って始めたんです。
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