「鳩」に「横浜ベイスターズ」書店員・高頭佐和子が紹介する登場人物が魅力的な2作品

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鳩護

『鳩護』

著者
河崎秋子 [著]
出版社
徳間書店
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784198651695
発売日
2020/10/17
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

いつの空にも星が出ていた

『いつの空にも星が出ていた』

著者
佐藤 多佳子 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065212035
発売日
2020/10/29
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 恋愛・青春]『鳩護』河崎秋子/『いつの空にも星が出ていた』佐藤多佳子

[レビュアー] 高頭佐和子(書店員。本屋大賞実行委員)

 河崎秋子『鳩護(はともり)』(徳間書店)は、なんとも言えない奇妙な小説である。主人公はタウン誌の編集者として働くアラサー女子の椿。仕事は嫌いではないが、婚活も自分磨きもできないほど忙しい。しょっちゅう欠勤する時短社員の言動に振り回され、ストレスと疲れを溜め込む毎日だ。ある日アパートのベランダに、怪我をした白い鳩が迷い込んでくる。仕方がなく世話をし始めたところ、怪しげな男が近づいてくる。男はなぜか椿が鳩を飼っていることを知っており、「お前は俺の次の『鳩護』になるんだ」という謎の言葉を告げる。

 職場では無難に振る舞っているものの、時々心の中でつぶやいたはずの悪態が口をついて出てしまい周囲をビビらせ、居酒屋で飲み仲間とクダを巻き、休日はぐうたらに過ごしてしまう椿のやさぐれっぷりが気に入った。鳩が嫌いなのに、傷ついているのを見れば保護せずにいられず、「ハト子」と名付けて愛情を持ってしまうあたりも好ましい。椿は、過去の鳩護たちの記憶を夢として経験するようになる。鳩を利用することによって多くのものを得て、失ってしまった鳩護たちの後悔や苦しみにはゾッとするような臨場感があり、読んでいても息が詰まるように苦しい。実は私も鳩嫌いなのだが、読んでいるうちにかわいらしいが謎めいた存在でもあるハト子に魅力を感じてしまい、鳩と人間の歴史にも関心を持たずにはいられなくなった。奇妙な世界に読者を惹きこむエンタテインメントであり、人間と動物との関係について考えさせられる。

 佐藤多佳子『いつの空にも星が出ていた』(講談社)は、四つの物語が収められた連作集である。年齢も職業も違う主人公の共通点はただ一つ、横浜ベイスターズのファンであるということだ。球場に連れて行ってくれた高校の先生を思い出す男性。恋愛と進路に悩む女子高校生。得意先のバカ息子と同居することになった電気屋の跡継ぎ。食堂を営む家に生まれた家族思いの野球少年。彼らの暮らしにはいつもベイスターズがあり、ベイスターズを通して出会った人がいる。試合の結果に一喜一憂し、選手たちの活躍は人生とリンクしていく。

 何かのファンであるというのは不思議なものだ。同じものを応援しているというだけで親近感が持てて、よく知らない人や近寄り難い人とも意気投合できる。チームや選手の奮闘が、自らの人生を励まし輝かせる。野球についてはルールすら知らない私も、読んでいるうちに胸が熱くなってきて、ベイスターズファンになったような気がしたくらいだ。時には悩んで立ち止まったりもするけれど、前に進もうとする主人公たちと、彼らが成長するきっかけを作る周囲の人々が生き生きとしていて魅力的だ。選手のように多くの人に注目されることのない普通のファンの彼らも、自分の人生という物語の中では最高に輝くスターだ。

新潮社 小説新潮
2021年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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