マジック・リアリズムに、ハードボイルド……一話ごとにジャンルが違う深緑野分の小説『この本を盗む者は』の魅力

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この本を盗む者は

『この本を盗む者は』

著者
深緑, 野分, 1983-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041092699
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 SF・ファンタジー]『この本を盗む者は』深緑野分

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

 深緑野分『この本を盗む者は』(KADOKAWA)の舞台は読長町(よむながまち)。古書店や、ブックカフェ、大手チェーン店……あらゆる形態の書店がある本の町だ。

 町の真ん中には「御倉館(みくらかん)」という巨大な「書物の館」が建っている。御倉嘉市という蒐集家の個人書庫で、かつては町の図書館的存在だった。しかしあるときから立ち入り禁止となってしまう。稀覯本が大量に盗まれたことに激高した嘉市の娘のたまきが、あらゆるところに警報装置を仕掛け、親族以外の他人を館から排除したのだ。

 たまきの孫の深冬は、この「御倉館」を嫌悪している。深冬は本が大嫌い。「あの一族の人」と見られ、本好きだと思われることに我慢ならない。管理を引き継いだ父親が入院したため、深冬はしぶしぶ館に足を運ぶ。牢獄のような薄暗い空間にあらわれたのは、真白と名乗る白髪の女子だった。

「泥棒が来て、呪いが発動した」「深冬ちゃんはあの本を読まないと」

 彼女に促され、深冬は「繁茂村の兄弟」というへんてこな題名の本の表紙を開く。途中まで読んで外に出ると、見慣れた町は「繁茂村」に姿を変えていた――。

 本が盗まれると、町が物語の世界に変貌する。住民たちは作中人物になるだけでなく、徐々に狐と化してゆく。盗人を捕まえなければ、その世界から出られない……それが御倉館の本すべてにかけられた“ブック・カース”(本の呪い)だった。

 深冬は本が盗まれるたび、真白とともに犯人を捕まえようとする。つまり、本嫌いの女子がいくつもの物語の中で冒険をするというストーリーなのだ。しかし、一体誰が本を盗むのか、真白は何者なのかということをはじめ、これでもかというほど謎がてんこもり。深冬の叔母で、その名の通りいつも寝ているひるねという人物も不可思議な存在だ。

 そんなたくさんの謎を包含する冒険の舞台、これがすごい。第一話の「繁茂村の兄弟」はマジック・リアリズム、第二話はハードボイルド、第三話はスチームパンク、第四話はSF風味もあるサスペンスと、一話ごとにジャンルが違う。文体と雰囲気が完全に「なりきって」書き分けられていて、その楽しさと豪華さに笑いと感嘆の声が思わず漏れる。やがて呪いを起点にした謎の数々が結びつき、真相が姿を見せ始めるとき、本の帯に書かれている「呪われて、読む。そして書く――私たちは!」という森見登美彦さんの推薦文の意味が分かって、さらに声が出てしまう。

 公平だなと思うのは、深冬が本嫌いになった理由に納得できること。フィクションの面白さをここまで追求しながら、本って、物語ってすばらしいよね! と声高に言わない(静かに言う)著者への信頼がますます深まる一冊なのだ。

新潮社 小説新潮
2021年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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