映画化「名も無き世界のエンドロール」の続編 『彩無き世界のノスタルジア』行成薫 刊行記念エッセイ

エッセイ

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彩無き世界のノスタルジア

『彩無き世界のノスタルジア』

著者
行成 薫 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087754544
発売日
2020/12/16
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

映画化「名も無き世界のエンドロール」の続編 『彩無き世界のノスタルジア』行成薫 刊行記念エッセイ

[レビュアー] 行成薫(作家)

物語と一緒に歳を重ねること

 二〇二一年一月に映画公開が決まっている僕のデビュー作『名も無き世界のエンドロール』ですが、単行本の刊行は二〇一三年三月でして、いつのまにやら八年近くが経ちました。毎年毎年いろんな困難に見舞われつつ、最近になってようやく小説を書くことにも慣れてきたのですけれど、ここにきてまた新たなチャレンジをさせていただくことになりました。なんと、「続編」でございます。
 僕は基本的にずっと一冊完結の物語を書いてきたのですが、今回刊行された『彩(いろ)無き世界のノスタルジア』は、デビュー作のラストから続くお話です。同じ登場人物、同じ世界観、同じ舞台。なんだか、昔撮った写真を見るような、かつて行った懐かしい場所を再び訪れるような、独特の感慨があるものだなあと思います。
 本作は、前作『名も無き世界のエンドロール』から約五年後が舞台となっておりまして、前作主人公である「キダ」は、三十一歳から三十五歳になり、もうじき三十六歳になろうとしています。立派なオジサンですね。三十代後半といいますと、まだまだ若いつもりでいても結構体にガタがきはじめるお年頃ですし、社会の中で揉まれ、結婚や出産、挫折や成功を経験しながら大人としての輪郭がはっきりしはじめる年齢じゃないかと思います。僕自身、三十代前半でデビューして、いつの間にやら四十代のいい大人になりました。刊行当時に『名も無き~』を読んでくださった方も、随分大人になられたことでしょう。
 最近たまに、僕はデビュー作で何を描(えが)きたかったのかなあ、と考えることがあります。物語としてどういう結末を迎えるかはもちろん考えながら書いたのですけれども、何を伝えようかとか、書き終わってなんになるのかとか、そういう細かいことはまったく考えていなかったんじゃないかなあ……。ただただ一つの物語を書き上げることを目指してパソコンに向かい、なんとか勢いだけで作品を書き上げてまさかの新人賞を頂き、後先考えずデビューして、いつの間にか専業作家になっていました。三十代前半の五年間は、遮二無二(しゃにむに)駆け抜けた気がします。『名も無き~』もまた、若い登場人物たちが、原稿用紙約四〇〇枚の中をあっという間に駆け抜けていったような物語でありました。こういう、理解不能な勢いというのはデビュー作ならではのものだなあと自分でも思います。
『彩無き世界のノスタルジア』で描かれるのは、当時、僕が漠然と思い描いていた前作主人公の「その後」の物語です。そもそも、映画だったりゲームだったり、多くの創作物における「続編」は、前作を踏襲(とうしゅう)しつつスケールアップを目指すことが多いのではないかと思うんですが、『彩無き~』の作品世界は前作よりも小さく狭くなり、エピソードのスケール感も縮小しているんですよね。言ってしまえば、スケールダウンだと思います。でも、今作はそうせざるを得なかったのです。
 若者が大人になっていく段階では、ある種の「縮小」がおきるのではないかと思います。無鉄砲さを失い、一度広げた世界を少しずつ狭め、自分が築き上げてきた居心地のいい小さな世界に腰を落ち着けようとする。それは加齢という悲しい現実かもしれませんが、同時に、成熟という変化でもあります。失うこと、手放すこと、切り捨てることで得られるものもあるということに気づき始めるのが三十代後半という年代であり、本作におけるキダの立ち位置です。僕はあまり自分自身を作品や登場人物に投影することはありませんし、主人公・キダも、僕とは似ても似つかない性格のキャラクターではありますが、キダの視点やものの見方は、前作も今作も、執筆時に僕自身が見ている世界と近いように思います。『彩無き~』では、四十過ぎのおじさんへと成長した僕の視点や価値観を反映するように、キダもまた、「あの頃」とは違った視点、価値観で世界を見始めています。そして、『名も無き~』の物語をもう一度、再解釈しようとするのです。僕と一緒に。
 今作では、そんな少し大人になったキダの前にひょんなことから十一歳の少女が現れ、物語が始まります。前作は、二度読みすることで一つ一つのセリフやシーンの意味が変わってくるような作りにしましたが、今回は、前作を読む前と読んだ後で、セリフや風景の印象が変わると思います。すでに『名も無き~』を読んでくださった方も、『彩無き~』から入ってくださる方も、それぞれに違った読み方ができるんじゃないかなと。
 ただ、冒頭で「続編」とは言ったんですが、『名も無き世界のエンドロール』というお話は、やはり一作で間違いなく完結したのだと思います。今回の『彩無き世界のノスタルジア』は、例えば、一つの舞台を千秋楽まで演じ切った役者さんの、家までの帰り道を描いたような作品。一人の人間としてのキダの顚末をたくさんの方に見守って頂き、そして見送って頂けたらいいなと思っております。是非、ご一読いただければ幸いです。

行成 薫
ゆきなり・かおる●作家。
1979年宮城県生まれ。2012年『名も無き世界のエンドロール』(「マチルダ」改題)で第25回小説すばる新人賞を受賞してデビュー。著書に『僕らだって扉くらい開けられる』『怪盗インビジブル』『本日のメニューは。』『KILLTASK』等。

青春と読書
2021年1号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

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