『絶滅危惧個人商店』
書籍情報:openBD
町で商いを営む人のデイリーライフ・ルポ
[レビュアー] 篠原知存(ライター)
町の文房具屋に「これと同じものをください」と百円そこそこのボールペンを持って行ったら、店主から「ダメダメ、もったいない」と替え芯を薦められた。それが取材のきっかけ。〈目先の利益より、お客のため、モノのため〉という心意気に感動して、青果店、魚屋、靴店、洋品店、玩具店……巷のさまざまな個人商店を訪ねて回る。
超ディープな売春街のルポ『さいごの色街 飛田』や死の現場を取材した『葬送の仕事師たち』などを著してきた練達のノンフィクション作家による新作は、町で商いを営む人たちの話を聞いて歩くデイリーライフ・ルポルタージュだ。
店主らの人柄や店の来歴、お客さんはどんな人々なのか、地域の表情までくっきり描く。どの店、どの人からも、滋味に富むストーリーが溢れ出す。
開業69年の時計屋さんが「好きだね~、この仕事」。時計はそれほど売れなくても、修理ができればいいのだという。店の中で近所のご婦人方がお茶のみ話に興じる横で、黙々と作業机に向かう。「イヤになったこと? 一度もないな」
セリが始まる何時間も前に市場に行って「先取り」する八百屋さん。聞けばセリにかかるのは「残り物なわけよ」。安くて美味しいものを顧客に届けるため、「ぶっ倒れそう」とこぼしつつ、嬉々として働く。
専門家としていつでも頼れる存在であり、地域のコミュニティーを支える交流の場にもなっている。一読すれば〈個人商店は「町の宝」だ〉という言葉がすんなり腑に落ちる。
著者は〈ほぼ毎日、前を通っているのに、失礼だが、それまでその存在がなぜか意識の外だった〉という自転車店を訪ねて、競輪選手まで常連だったという腕利きぶりに感心する。〈あの日まで、私の目は節穴だった〉とほぞを噛むのだが、私たちも、まだ素敵な店を見つけられないでいるだけかもしれない。