『新装版 海も暮れきる』
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酒に溺れて孤独な人生を歩む俳人の晩年を描く
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「酒乱」です
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ここまでダメな人だったとは知らなかった。〈咳をしても一人〉〈いれものがない両手でうける〉などの自由律俳句で知られる尾崎放哉(ほうさい)である。
東京帝大を出て一流企業に勤めるが、酒が原因で退職、妻とも別れて放浪の人生を送る。最後にたどり着いた小豆島で肺の病を悪化させ、41年の生涯を終えた。
吉村昭『海も暮れきる』は小豆島での最後の8カ月を描いた伝記小説。酒を道づれに死に向かっていくさまが冷徹な筆で描かれる。
放哉の句は生前から評価されており、彼の晩年を物心両面で支えたのはその才能を大切に思う人たちだった。だが放哉は彼らと酒席をともにすると、ねちねちとからんだあとに罵倒し、句作をする人であれば酷評してさげすみの言葉を投げた。そうやって人間関係も崩れ、極貧の中、孤独はいよいよ深まっていく。
米屋の店頭で、食物を買うべき金でビールを頼んでしまう場面がある。冷えたビールの刺激を咽喉に感じた放哉はふいに嗚咽しそうになり、酒だけは自分を見捨てはしない、と思う。このあたりは酒好きなら思い当たるところがあるのではないか。
島に来た頃、放哉は、病気が悪化したら思う存分酒を飲んで海に身を投じればよいと思っていた。だが死期が近づくと体が酒を受け入れず、海まで行く体力もなくなっていた。そして長く苦しんだ挙句、やせ細って息絶えるのである。ダメ男にいつのまにか感情移入し、最後は涙で読み終えた。