百年前に刊行されたフェミニスト・ディストピア小説
[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)
ディストピア小説というと、ハクスリーの『すばらしい新世界』と、それに影響を受けたオーウェルの『一九八四年』が挙がると思うが、昨年日本では、二作の間を繋ぐミッシングリンクと言われるキャサリン・バーデキンの『鉤十字の夜』(一九三七年)が邦訳された。枢軸国が勝利し、ヒトラーの神権国家が支配する二六××年の未来を描いている。
さて、ここにもう一作重要な「失われたディストピア」が邦訳された。ハクスリーに影響を与えたとも言われる『その他もろもろ』だ。行きすぎた社会工学政策に抵抗し、マスコミと政府による大衆操作への怒りを表明する思弁的なフェミニスト・ディストピアである。第一次大戦末期の一九一八年に刊行予定だったが、新聞が大臣を脅迫する記述などが検閲に引っかかり、リライト版が翌年刊行された。完全版がイギリスでようやく刊行されたのが一昨年だ。
作中の世界では優生学に基づき、「脳務省」が人間を知能によってAからC3までにランクづけする。C3未満は「無資格者」で結婚は不可。Aの者がAやB1と結婚するのは遺伝知能の「空費」だから、もっと下位者と結婚しろとか、C1~C3はAとつがって知能の底上げをしないと子づくり不可などと決まっている。
主人公となる脳務省勤務のキティはAだが、脳務大臣のニコラスは近親者に無資格者がいるため、自身も無資格。ふたりは禁断の恋に落ちるが、横暴な独裁政権を倒そうとする報道機関が脳務省をつぶそうと、ある企てに出る……。
シリアスな題材にコミカルな味をまぶしている作風も興味深い。驚いたのは、本作からちょうど百年後に、日本で村田沙耶香がアメリカの出版社の依頼で、「生存」という傑作小説を発表したことだ。国民が“スペック”によって「生存率」をAからDランクで評価された未来日本を描く。まさに『その他もろもろ』は予言的であったと言えるだろう。