様々な肩書きで自由自在に表現する言葉の実験に溢れた韓国小説
[レビュアー] 夢眠ねむ(書店店主/元でんぱ組.incメンバー)
毎年年末に書籍の内容は評価の対象とせず“優れたタイトル”かどうかの一点で選出して表彰するイベント「日本タイトルだけ大賞」に審査員として参加しているのだが、2020年は『あやうく一生懸命生きるところだった』という、韓国でベストセラーの作品が大賞に選ばれた。審査後、他に入賞したものやエントリー作品を調べてみると韓国の作品が多く、急に興味が湧いて、1冊くらいしか読んだことのない韓国文学をしっかり覗いてみることにした。選んだのはこれまたのんきそうなタイトル『アヒル命名会議』。読んでみると……のんきとはかけ離れていた! 短編小説が13編収録されているのだが、ひとつひとつに自分の現在位置の立ち方を問われるような、帯の言葉を借りると「すべてをゼロから問いなおす」作品群なのだ。
著者のイ・ランは30代前半のシンガーソングライターでエッセイストで漫画家で映像作家でアーティスト。なんとこの作品が初めての小説集で、小説家という肩書きが増えた。こんなに様々な表現を自在に行ったり来たり出来るのは彼女に確固たる軸があるからこそで、本書にはそれを深く伝えるための言葉の実験が溢れている。決して優しいだけの物語ではない。セックスもジェンダーも国の問題も人間関係も善も悪も、生きていくのにぶつかるあらゆる問題が(でも日本では会話に登場させづらいテーマが)当然のように横たわっている。そして彼女が「どうして?」と考え抜いたからこそ響き、読者も「ああ、でもしっかり生きて行こう」と少し切なく決意する。
昨年はそれぞれが自分の国に閉じこもっていて、今年もまだ物理的に出られそうにない。でもなんとか読書のおかげで異文化の刺激にドキリとできたし、「自分はどんな人間なのか」問いただすきっかけをもらえた気がした。ほんの囓る程度しか読めていなかった韓国文学にどっぷりハマってしまいそうだ。