友情と疑念の間で揺れる男達の心情を描いた山岳冒険小説

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友情と疑念の間で揺れる男達の心情を描いた山岳冒険小説

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 厳しい自然の中で、人はどこまで矜持と信念を保つことが出来るのか。馳星周『蒼き山嶺』は、雪山で過酷な試練に立ち向かう人々を描いた山岳冒険小説だ。

 語り手の得丸志郎はかつて長野県警の山岳遭難救助隊に勤務し、現在は白馬岳を中心に山岳ガイドなどをしている。ある日の下山途中、得丸はよろめきながら登山する一人の男と出会う。それは大学山岳部の同期だった警視庁公安課の刑事、池谷博史だった。池谷は白馬に登頂して、日本海を目指すといい、昔の親友である得丸にガイドを頼んできた。池谷には白馬岳を越えなければならない秘密の理由があるらしい。

 白銀の山を登る得丸と池谷を襲うのは、荒れ狂う自然と正体不明の勢力。池谷が抱える謎と冒険活劇の要素で引っ張りつつ、友情と疑念の間で揺れる男達の心情を細やかに描いてみせる。

 スリルと緊張に満ちた山岳場面と並行して描かれるのは、主役二人が過ごした大学時代の回想だ。山を愛する心で結ばれながら、なぜ二人は別々の道を歩むことになったのか。本書は単なる山岳アクションだけに留まらない、青春の残滓を掬い取る小説でもあるのだ。

 山岳を舞台にした物語は、古くより冒険小説の定番であった。この分野のオールタイムベストといえばデズモンド・バグリイ『高い砦』(矢野徹訳、ハヤカワ文庫NV)だ。ハイジャックされ、アンデス山中に不時着した飛行機の乗客たち。知恵と工夫で徒手空拳の状態から意外な武器を作り出し、武装勢力と戦う人々の姿には、絶望的な状況でも生き抜こうとする気高い精神を感じる。

 自然と武力、二つの脅威に対峙する話といえば、真保裕一『ホワイトアウト』(新潮文庫)。日本最大の貯水量を誇る巨大ダムを占拠したテロリストに対し、ダム職員で登山家でもある富樫輝男がたった一人で戦いを挑んでいく。敵の容赦ない攻撃と極寒に曝されながらも、亡き親友のために富樫は戦い続ける。己の中にある弱さと向き合い、克服しようとする主人公の姿が胸を打つ小説だ。

新潮社 週刊新潮
2021年1月21日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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