感染をテーマに医療関係者の奮闘を描いたミステリ2選

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連鎖感染 = chain infection

『連鎖感染 = chain infection』

著者
北里, 紗月, 1977-
出版社
講談社
ISBN
9784065220009
価格
1,925円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 医療・介護]『連鎖感染』北里紗月/『毒をもって毒を制す 薬剤師・毒島花織の名推理』塔山郁

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 この原稿を書いている最中に一都三県への緊急事態宣言が再発令された。一刻も早い事態の収拾を望むばかりだ。

 北里紗月『連鎖感染』(講談社)は、作者がデビュー以来書き続けている、利根川由紀を主人公とするシリーズの第三作である。

 利根川は立場こそ大学院生ではあるが、毒物の研究者としてすでにその名を知られている天才だ。その彼女の元に、神宮総合病院で奇病発生の報せが舞い込んでくることから物語は始まる。胃腸炎と見られる発症患者が、抗生物質を投与されて一時は安定したかに見えたにも拘わらず、突如高熱を発し、激しい頭痛を訴え出したのだという。患者のうちすでに一人が死亡しており、恐ろしいことに医師や看護師にも同じ症状が広まっていた。病状の異常さから利根川は、バイオテロの可能性を指摘する。

 感染症は院内でじわじわと広がっていき、犠牲者が次々に出る。人間の無力さを思い知らされるような展開は新型コロナウイルスの蔓延する現実と重なって見える。為政者が事実の隠蔽に走る醜悪な姿も、それは絵空事だと笑えなくなってしまった。この連作は利根川が探偵役を演じる謎解き小説の形式をとっており、今回も後半で意外なトリックが暴かれる。過去二作よりもスリラー色が強く、ページを繰る手もどんどん加速していく。感染症に対する危機感が高まる今だからこそ読まれるべき小説だ。

 もう一冊もシリーズものの第三作である。塔山郁『毒をもって毒を制す 薬剤師・毒島花織の名推理』(宝島社文庫)は、薬局の来訪者が訴える奇妙な症状、何かが原因でこんがらがってしまった彼らの人生に対し、主人公が薬学の観点から回答を与えるという連作だ。今回はその基本形に、感染症という災いによって人々の生活が脅かされている状況を背景で描くという趣向が加えられている。視点人物である水尾爽太は、深刻な打撃を受けているホテルの従業員という設定なのだ。後半では、彼が新型コロナウイルスに感染した可能性が出て、隔離生活を余儀なくされることになる。

 薬学の知識を絡めた謎解きが読みどころの作品だが、アルコール依存症などの社会問題が題材として毎回描き込まれている点も見逃せない。毒島花織は、そうした人々の発する救難信号に対し、救いの綱を投げ与える存在なのだ。第二話「毒親と呼ばないで」では、足繁く来局しては子育てに関する怪しげな情報をひけらかす若い母親が物語の中心となる。彼女に対しても毒島は、あくまで親身になって相談に乗るのだ。その姿は頼もしく、好感の持てる主人公である。

 白眉は第三話の「見えない毒を制する」で、ウイルスの感染経路がミステリー的な推理によって突き止められる。現実でも、このくらい見事な推理で新型コロナの侵入が止められればいいのだが。

新潮社 小説新潮
2021年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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