盆踊りの戦後史 「ふるさと」の喪失と創造 大石始著

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盆踊りの戦後史

『盆踊りの戦後史』

著者
大石 始 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
社会科学/民族・風習
ISBN
9784480017192
発売日
2020/12/17
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

盆踊りの戦後史 「ふるさと」の喪失と創造 大石始著

[レビュアー] 松村洋(音楽評論家)

◆縁結び直す場としての伝統

 明治以降の近代化は、盆踊りの伝統を大きく変えた。戦後の急激な社会変動、とりわけ地域社会の解体が引き起こした盆踊りの変質ぶりが、本書を読むとよくわかる。

 この本で主に取り上げられているのは、各地の有名な盆踊りではなく、戦後生まれの新しい盆踊りだ。著者は、郊外の団地や商店街の一角で開かれる「歴史的な厚みや伝統文化としての風格とは無縁」の「その場かぎりで薄っぺらい盆踊り大会」に注目し、そうした盆踊りを生んだ時代の流れをたどってゆく。

 新しい盆踊りは伝統に縛られない。例えば一九八〇年代半ば、荻野目洋子のヒット曲「ダンシング・ヒーロー」にのった盆踊りが若者たちを引きつけ、発祥地の名古屋から各地に広まった。どんな曲でもOK。だれでも気軽に参加して盛り上がれる。祖霊供養や夜通しの不届きな行いといった盆踊りの伝統から遠く離れ、健全なイベント、レクリエーションとなった現代の盆踊りの特徴を示す好例だ。

 よさこい系の祭りや東日本大震災後の復興プロジェクトなども含め、多種多様な事例が紹介されている。それらを踏まえて、盆踊りは「さまざまな縁を結び直す場」だと著者は言う。集まる人たちの本来の地元がどうであれ、同じ「踊りの輪に入ることでそこが地元になってしまう」ような可能性、言い換えれば、新たな「ふるさとの創造」に、著者は盆踊りの現代的な意義を見いだしている。しかし、その見方はときに少々楽観的すぎ、また「ふるさと」という一語が、現代の盆踊りの多様な性格をむしろ見えにくくしているようにも思える。

 とは言え、たとえ精神的なよりどころとしての地域社会の再生や創造が幻想であっても、やはり同じ振り付けの踊りの輪に入り、その一体感をつかの間でも共有したいと思う人が今もたくさんいる。それは人類普遍の心性なのか、日本人特有の心理なのか。同質性と帰属感がもたらす安堵(あんど)への欲求。外形は変っても、盆踊りの根底にあるそんな伝統は変わらないことを、本書はあらためて教えてくれる。

(筑摩選書・1760円)

1975年生まれ。ライター、編集者。著書『奥東京人に会いに行く』など。

◆もう1冊 

若林幹夫著『郊外の社会学 現代を生きる形』(ちくま新書)。郊外の新興住宅地とそこに生きる人の姿を、社会学者が自らの体験を踏まえて考察。

中日新聞 東京新聞
2021年2月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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