奇妙な主人公、降臨――『天下一のへりくつ者』著者新刊エッセイ 佐々木功

エッセイ

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天下一のへりくつ者

『天下一のへりくつ者』

著者
佐々木, 功
出版社
光文社
ISBN
9784334913830
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

奇妙な主人公、降臨 佐々木功

[レビュアー] 佐々木功

「軍師が必要ですね」とは、新作に小田原籠城戦を書く、と決めた打合せの時の言葉です。言ってくださったのは、当時の編集長さんでした。

 私の思考は漠然としていて、主人公は北条氏直(うじなお)かな、という程度でしかありませんでした。ですが、殿様の彼が動くのは限界がある、もっとストーリー上で自在に動く人物が必要。で、誰にしようか。様々思い浮かびました。やはり北条一族の誰かか、それとも、敵である豊臣方か。

「例えば、板部岡江雪(いたべおかこうせつ)、とか」と言ってくれたのは、担当編集さん。結論から言えば、私はまた人に助けられたのでした。

 ただ、その時は、数ある候補の一人として、頭にインプットされただけでした。

 では、と、候補者たちの事績を調べていく中で、この男の奇妙さに気付きました。私も歴史の出来事の端々で時折見かけ、その名は知っていましたが、思い浮かぶのは、大河ドラマ「真田丸」で見た山西惇(やまにしあつし)さんの怪演。そういえば、あの坊主、およそ清廉な僧には見えなかったぞ……(スミマセン)。

 史実では開戦前にお家の代表として秀吉と領土分けの談判をした、軍記では落城後に秀吉と対決した……こんな重責を担う男が、ただ主の意思を行儀よく伝える使僧だったとは思えない。ひょっとして一癖も二癖もある曲者(くせもの)だったのではないか。いや、きっとそうでしょう。そうに違いない。

 思い至った時、目の前に新たなキャラクターが立ち上がっていました。

 男はニヤけ顔で私を睨(にら)んでいます。「俺にしゃべらせよ」と。

 若きイケメン武将なんかじゃない。剛勇無双の豪傑ではない、ダーティー腹黒策士でもない。

「天下一のへりくつ者」の誕生でした。

光文社 小説宝石
2021年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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