見るレッスン 映画史特別講義 蓮實重彦(はすみ・しげひこ)著

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見るレッスン

『見るレッスン』

著者
蓮實重彦 [著]
出版社
光文社
ジャンル
芸術・生活/演劇・映画
ISBN
9784334045159
発売日
2020/12/16
価格
902円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

見るレッスン 映画史特別講義 蓮實重彦(はすみ・しげひこ)著

[レビュアー] 三浦雅士(編集者、文芸評論家、舞踊研究者)

◆古今東西の名作談議

 ものすごく気楽に読める。蓮實といえばフーコー、ドゥルーズ、デリダに呼応する日本の思想家、東京大学第二十六代総長だが、本書では難解な話をする怖い映画評論家では全くない。もうすぐ八十五歳を迎える元気いっぱいの老人と、近くの喫茶店で映画談議にふけるといった感じ。

 気分が若い。「はじめに」では、二〇一七年から一九年まで、濱口竜介以降の日本若手映画作家の新作がずらっと並ぶ。第一講では開口一番「映画90分説」を掲げるが、そこに登場するのも、やはりアメリカの若手、デヴィッド・ロウリーの『さらば愛しきアウトロー』である。スピルバーグもスコセッシも「ショット」への執着がないが、ロウリーは違う。『セインツ』も『ア・ゴースト・ストーリー』も素晴らしいと絶賛。

 スピルバーグ批判に説得力があるから、ついロウリーも確認しなければと思い、ネットを覗(のぞ)き注文し、ということになって、気楽に読めるはずが、楽しみが増えて時間がかかる。溝口健二『残菊物語』、ラング『スピオーネ』は見直すのにそれぞれ二時間半もかかってしまった。が、二代目尾上菊之助の悲恋を描いた『残菊物語』は、小津安二郎が六代目菊五郎を撮った舞踊記録映画『菊五郎の鏡獅子』の三年後の作品であることに気づかされて、同じ音羽屋ものというその仕掛けの示唆に感服。実際、溝口、小津と違って、黒澤明は、殺陣はいいが舞踊は弱い、その理由が分かった。『七人の侍』と『乱』の、馬の違いの理由も同じ。

 若手を応援するが、批判も厳しい。批判された対象も覗きたくなるのが人情。時間のかかる読書になるが、現代映画の問題点も分かってくる。逆に、絶賛する『キートンの蒸気船』や『セブン・チャンス』を見て、なぜこれまで見逃してきたのか悔やむ。キートンは素晴らしい舞踊家だ。映画は演劇よりも舞踊に似ている。

 だが、溜飲(りゅういん)を下げたのは最後の一言、「ディズニーなどなくなったほうが、世の中にとって健全だと本当に思います」である。深く同感する。

(光文社新書・902円)

1936年生まれ。映画評論家、フランス文学者。『反=日本語論』『表層批評宣言』など。

◆もう1冊 

沼野雄司著『現代音楽史 闘争しつづける芸術のゆくえ』(中公新書)

中日新聞 東京新聞
2021年3月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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