『見るレッスン』
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見るレッスン 映画史特別講義 蓮實重彦(はすみ・しげひこ)著
[レビュアー] 三浦雅士(編集者、文芸評論家、舞踊研究者)
◆古今東西の名作談議
ものすごく気楽に読める。蓮實といえばフーコー、ドゥルーズ、デリダに呼応する日本の思想家、東京大学第二十六代総長だが、本書では難解な話をする怖い映画評論家では全くない。もうすぐ八十五歳を迎える元気いっぱいの老人と、近くの喫茶店で映画談議にふけるといった感じ。
気分が若い。「はじめに」では、二〇一七年から一九年まで、濱口竜介以降の日本若手映画作家の新作がずらっと並ぶ。第一講では開口一番「映画90分説」を掲げるが、そこに登場するのも、やはりアメリカの若手、デヴィッド・ロウリーの『さらば愛しきアウトロー』である。スピルバーグもスコセッシも「ショット」への執着がないが、ロウリーは違う。『セインツ』も『ア・ゴースト・ストーリー』も素晴らしいと絶賛。
スピルバーグ批判に説得力があるから、ついロウリーも確認しなければと思い、ネットを覗(のぞ)き注文し、ということになって、気楽に読めるはずが、楽しみが増えて時間がかかる。溝口健二『残菊物語』、ラング『スピオーネ』は見直すのにそれぞれ二時間半もかかってしまった。が、二代目尾上菊之助の悲恋を描いた『残菊物語』は、小津安二郎が六代目菊五郎を撮った舞踊記録映画『菊五郎の鏡獅子』の三年後の作品であることに気づかされて、同じ音羽屋ものというその仕掛けの示唆に感服。実際、溝口、小津と違って、黒澤明は、殺陣はいいが舞踊は弱い、その理由が分かった。『七人の侍』と『乱』の、馬の違いの理由も同じ。
若手を応援するが、批判も厳しい。批判された対象も覗きたくなるのが人情。時間のかかる読書になるが、現代映画の問題点も分かってくる。逆に、絶賛する『キートンの蒸気船』や『セブン・チャンス』を見て、なぜこれまで見逃してきたのか悔やむ。キートンは素晴らしい舞踊家だ。映画は演劇よりも舞踊に似ている。
だが、溜飲(りゅういん)を下げたのは最後の一言、「ディズニーなどなくなったほうが、世の中にとって健全だと本当に思います」である。深く同感する。
(光文社新書・902円)
1936年生まれ。映画評論家、フランス文学者。『反=日本語論』『表層批評宣言』など。
◆もう1冊
沼野雄司著『現代音楽史 闘争しつづける芸術のゆくえ』(中公新書)