【聞きたい。】早野龍五さん 『「科学的」は武器になる』

インタビュー

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【聞きたい。】早野龍五さん 『「科学的」は武器になる』

[文] 蔭山実(産経新聞編集長)

 ■世界を生き抜く思考法伝授


早野龍五さん

 4年前の3月、東京大学の理学部教授を定年退職する際、最終講義は聴講者であふれ、別室を設ける事態となった。その半数は一般の人。東日本大震災以降、福島第1原発事故の分析をツイッターで発信して付き合いができた人たちだ。

 この最終講義の内容を基に、SNSを舞台に「世界から世間へ」と駆り出された物理学者が自らの歩みを振り返った。「アマチュアの心でプロの仕事を楽しそうにやること」。それを柱に、「科学的」なものの考え方や世界を生き抜く思考法について語っている。

 30代半ばまで物理学のプロになれるか悩んだ。動かしたのが、巻き込まれる形で臨んだ研究だった。「巻き込まれて面白くなることもある。一方で巻き込んでもらえるようなものがないといけない。自己実現だけが望ましい人生ではない」

 海外経験も豊富で、そこから人生を測る“モノサシ”も得た。自然科学の分野は世界で戦えない限り、プロとしてやっていけない。そのためのハードルを見極める。積み重ねの上に立って一歩先を見るのが科学。自らの経験が次世代を育てることにも生きた。

 こうみてくると、科学も人の営みである。文化を含めた総合力が科学の成果にも関係しているはずだ。

 「音楽、歌舞伎、日本画、古典文学も一体で僕という科学者を形づくっている。理系の人が文学に涙を流し、音楽に心揺さぶられるように、文系の人も科学が積み上げた成果に驚き、感動してほしい。『科学的』は武器になるだけでなく、人を豊かにします」

 震災10年、問題は福島県の調査で4割近い人が子孫に遺伝の影響がありうると答えていることだという。「くすぶっていると、あらぬ差別を起こすかもしれない」。広島と長崎のデータから影響がありえないことは明らかであり、その発信にも取り組んでいる。(新潮社・1500円+税)

 蔭山実

   ◇

【プロフィル】早野龍五

 はやの・りゅうご 昭和27年、岐阜県生まれ。物理学者(理学博士)、東大名誉教授。欧州原子核研究機構(CERN)で反物質を研究。仁科記念賞など受賞。「ほぼ日」のサイエンスフェローも務める。

産経新聞
2021年3月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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