新型コロナウィルスの感染拡大。現在の名古屋の街を舞台に描く、この作品に及ぼす影響とは!?
エッセイ
『名古屋駅西 喫茶ユトリロ 龍くんは食べながら謎を解く』刊行によせて
[レビュアー] 太田忠司(作家)
最新刊『名古屋駅西 喫茶ユトリロ 龍くんは食べながら謎を解く』刊行記念、著者エッセイ
二〇一六年から刊行が始まった「喫茶ユトリロ」シリーズも今回の『名古屋駅西 喫茶ユトリロ 龍くんは食べながら謎を解く』で三巻目となります。当初は一冊だけで終わるつもりで書いたものが、このように続けて書けるようになるのは本当に嬉しいことです。それだけ支持してくださる方がいらっしゃるということですから。
ただ、前もってシリーズ化を予定していなかったがために、いろいろと苦労もあります。第一作『名古屋駅西 喫茶ユトリロ』では最新の名古屋駅西事情を描くため、執筆している時期と作中の時期を同じにしました。しかし、いざ続刊をと書きはじめてみると、それが少々裏目に出ました。常に「今」を書いているため、舞台となる名古屋がこの先どうなるのか、まったく見えないのです。
事実、この三作目の執筆中に新型コロナウイルス感染拡大という思わぬ出来事が名古屋どころか世界中の様相を一気に変えてしまいました。その結果、当初考えていたストーリーが使えなくなってしまったのです。
これには正直、頭を抱えました。なにしろ登場人物たちをあまり自由に動かすことができない。あちこちに出かけて名古屋めしを食べさせることもできないのです。この状態がいつまで続くのかもわからない。こうなると物語をどのように進めていけばいいのか見当もつきません。これは最悪、Webランティエでの連載を中断しなければならないのかとさえ考えました。
しかし、ふと思ったのです。リアルタイムの名古屋を描くつもりのシリーズなら、この混乱こそを描くべきではないのかと。
喫茶店に限らず、飲食業界は今とても大変な状況に陥っています。明日がどうなるかもわかりません。その中でできることをしなければならない。僕は、そういうひとたちのことを書こう。
そして僕は、あらためてこのシリーズに向き合うことにしました。何事もなく物語が進む第一話から次第にウイルスの影が及んでマスク姿のひとたちが多くなり、テレワークでリモート会議をせざるを得なくなり、外食することも少しばかり遠慮を感じてしまうようになる。そんな日本、そんな名古屋駅西を、主人公である龍くんの眼を通して描いてみました。もちろん今までどおり美味しいもの満載の楽しい作品に仕上げたつもりですが、それでもこれは、私たちの「今」を描いた作品です。
楽しんでいただけたら、幸いです。
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【著者略歴】
太田忠司(おおた・ただし)
1959年愛知県生まれ。81年、「帰郷」が「星新一ショートショート・コンテスト」で優秀作に選ばれ、90年、長編ミステリ『僕の殺人』で作家デビュー。「狩野俊介」「霞田兄妹」など人気シリーズを多数執筆。『新宿少年探偵団』は映画化された。2004年、『黄金蝶ひとり』でうつのみやこども賞受賞。17年、『名古屋駅西 喫茶ユトリロ』で日本ど真ん中書店大賞小説部門3位。『遺品博物館』『猿神』『和菓子迷宮をぐるぐると』など著作多数。