フォルモサ 台湾と日本の地理歴史 ジョージ・サルマナザール著

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フォルモサ 台湾と日本の地理歴史 ジョージ・サルマナザール著

[レビュアー] 鹿島茂(作家)

◆フェイク文学の金字塔

 名高い奇書の待望の翻訳である。

 一七〇四年、ロンドンで『フォルモサの歴史的・地理学的な記述』という本が出版され、話題となった。未知のフォルモサ(台湾)についての詳細な民族誌で、著者サルマナザールはフォルモサ生まれのフォルモサ人と称し、イエズス会士によってロンドンにつれて来られた青年ということになっていた。

 実際、内容も興味深かった。フォルモサ人の奇妙な風俗・習慣、言語・文字、儀式・宗教、建造物などが挿絵入りで紹介され、宗主国の日本との歴史関係、さらには日本皇帝メリヤンダノーによるキリスト教弾圧などが詳しく記されていたので、ほとんどの読者が真実だと信じた。疑い深い読者からの疑問に対しては第二版の序文で一々反駁(はんばく)がなされたので信憑(ぴょう)性はより高まった。サルマナザールは社交界の寵児(ちょうじ)となり、ジョンソン博士を始めとする知識人とも親しく交際するに至る。

 ところが、後にこれらすべてが完全なフェイクだったことがわかったのである。出自も来歴も名前もデタラメだったし、フォルモサについての詳細もほぼすべてが創作だった。フォルモサ文字や文法構造なども勝手に創りあげられたものだった。  

 となると、ここで大きな疑問が生じる。なにゆえにサルマナザールはこれほどに詳しくしかも多岐にわたる大嘘をついたのか? 一つ考えられることは『フォルモサ』の後に出現するスウィフトの『ガリヴァー旅行記』やディドロ『ブーガンヴィル航海記補遺』のような幻想旅行記の先駆を成す現実風刺のフェイク文学を書きたかったというものだが、それにしては風刺性は強くはないし、幻想性も弱い。あるいは本当らしい嘘をつくという偽書創作の快楽だけがサルマナザールの心の支えだったのかもしれない。

 いずれにしてもフェイク文学の金字塔となる一大奇書であることは間違いない。Qアノンなどのポスト・トゥルースが跋扈(ばっこ)する現代において、フェイクする人の精神構造を理解するためにも読まれるべき本である。

(原田範行訳、平凡社ライブラリー・1980円)

1679?〜1763年。本名不詳。フランスに生まれ、欧州各地を転々とした後、渡英。

◆もう1冊

ディドロ著『ブーガンヴィル航海記補遺』(岩波文庫)。浜田泰佑訳。

中日新聞 東京新聞
2021年4月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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