『つまらない住宅地のすべての家』
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生気のない淀んだ住宅地を変えたのは、刑務所から脱走した女性受刑者だった……? それぞれの家庭の事情とその変化を飄々と描く町内群像劇誕生!
[レビュアー] 大矢博子(書評家)
静かに並ぶ住宅地の家々。ある出来事をきっかけに見えてきたのはそれぞれの家のそれぞれの事情。日々いろいろな思いを抱えて暮らす人々をたくみな構成と描写で浮き彫りにした長編小説『つまらない住宅地のすべての家』について、その読みどころを書評家の大矢博子さんが解説する。
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はじめは、よくもこんなに問題を抱えた家ばかり集まったもんだな、嫌な町内だなあと思った。ところが読み進むうちに印象が変わっていく。自分のその変化に驚いた。
津村記久子『つまらない住宅地のすべての家』は、どこか地方の小さな町の、とある路地に面した十軒の家の物語である。妻が出ていったことを周囲に隠して暮らす自治会長とその息子、母親が半ば育児放棄をしている家の小学生の姉妹、育てにくい息子を閉じ込めるために倉庫を設えている夫婦、ふたり暮らしの老夫婦、世の中への復讐のために女児誘拐を企てるひとり暮らしの青年、学生に振り回される大学教員の夫婦、母を看取ったあとスーパーでパートをしながらひとりで暮らしている女性、そのスーパーで警備員をしている男性、都会での仕事に疲れて帰ってきた息子とその母親、そして祖母が圧政を敷く三世代同居の家。鬱屈あり断絶あり絶望あり諦めあり自暴自棄ありで、これがミステリー小説なら、殺人の二件や三件起きても不思議はないほどだ。
だが殺人は起きない。起きるのは、この近所が出身だという女性受刑者が刑務所から脱走し、町内に近づいているらしいという出来事である。
自治会長である丸川は夜間の見張りを立てた方がいいのではと提案。道路に面した笠原家の二階を借り、各家から人を出してローテーションを組むことになった。
これによって、それまでほぼ交渉のなかった十軒に、小さな変化が起きる。たとえば見張りの邪魔になる植え込みを刈るのに、老夫婦では手に余るので隣の青年に頼む。女児誘拐を企てていた青年はそれにより予定の変更を余儀なくされ……というふうに、小さな玉突きが起きるのだ。
嫌な町内だなという印象が変わるのはここだ。嫌だったのは「閉じていたから」なのだ。抱え込んで、諦めて、嘆いて、それで終わっていたからなのだ。けれど見張りの一件を通し、近くに「人」がいたことに気づくのである。少しずつ開く風穴が、ほんの微かな交流が、彼らを変えていく。そうして外に目を向ければ、自分の家の問題にも新たな見方ができるようになる。それを津村記久子は、決して過剰にならず、あくまで日常の一コマとして綴っていく。
脱走犯を巡る展開も読ませる。静かな、とても静かなクライマックスは本書の白眉だ。問題がすべて解決したわけではないが、それでもきっといい方に向かうと確信させてくれる。著者の技が光るお薦めの一冊だ。