『ムーンライト・イン』
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世代が異なる女性三人と男性二人の奇妙な共同生活
[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)
不思議な“家族”が暮らす、八ヶ岳の麓にある元ペンション。この建物の持ち主「虹サン」と、足の怪我でほぼ寝たきりの老婦人「新堂かおる」、家事全般を受け持つ中年女性「津田塔子」、そしてフィリピンで看護師の資格を取り、今はかおるの介護を主に担当する若い女性「マリー・ジョイ」が共同生活をしている。
そこへある晩、雨に降られた三十代の男性「栗田拓海」が飛びこんでくる。バイトなどを転々としてきた彼は先日また職場を解雇された。頼まれた屋根の修理をした後に転落して骨折、全治まで居候の身に。
塔子は夫が年下の恋人をつくったため、息子が三歳の時に離婚。彼はこの女性と結婚。塔子は介護ヘルパーの職につくが、息子の大きな夢を支援してやれるだけの経済力がない。職場ではハラスメントに遭い、ある事情から辞めることになった。
マリー・ジョイは日本で介護福祉士を目指すが、言語の壁もあって国家試験に落ち、そこへ外国人女性介護士の「性」を売り物にする男性が上司に着任し、結局ケアホームはつぶれた。かおるは長年、威圧的な夫に蔑まれて萎縮し、やがて息子も父と同じような態度をとるようになった。
虹サンはそうした男たちと違うイイ男。「信金」の仕事を辞して家族の介護に従事し、独身を通してきたが……。この場に、強者男性ではない拓海が入りこむことで、それぞれが過去の蟠(わだかま)りと向きあい、新たな一歩を踏みだすことになる。
物語の中心には、“ケア労働”がある。女性三人がここに辿りついた背景には、複雑な経緯があるが、一つ共通しているのは、三人ともひとの世話に尽くしながら、男性の身勝手や傲慢、それを助長してきた父権社会に傷つけられ、捨てられてきたということだ。
ちょっと是枝裕和監督の「万引き家族」なども彷彿する。作者は、社会を鋭く射る批評性と温かみが共存する奇跡のようなユーモアの持ち主だ。