『弱い男』
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<東北の本棚>孤独な老人 素直な述懐
[レビュアー] 河北新報
プロ野球東北楽天の元監督野村克也氏が84歳で亡くなり、この2月で一周忌を迎えた。本書は、2019年12月から20年1月まで計4回、10時間に及ぶインタビューを編集した内容で、亡くなる直前の肉声だ。
名選手として、名監督として数々の記録を残し、名言も残した。多数の著作が世に出回ったが、これほどまでに自身の弱さをさらけ出したことがあっただろうか。
最愛の妻、沙知代さんを17年12月に亡くしてから2年。時に世間を騒がせても、野球に携わっていた「現役時代」は常に動向が注目された。しかし、輝きは既に失われていた。独り身の孤独な老人の回顧録。それが本書の全てだ。
「私は弱い」「母は強い」「父は弱い」「妻は強い」「老人は弱い」の5章立て。生い立ちから現在までを振り返り、「弱い自分」を赤裸々に語っている。
「沙知代が逝(い)ってからの空虚な日々」「苦労がたたって二度もがんになった母」「物欲も、性欲も、消えていく…」…と、項目ごとの小見出しで内容がほぼつかめる構成になっている。
「ぼやきの名手」は最晩年、寂しさに満ちていた。だが、語る言葉の数々はぼやきではない。野球界では無名の存在からはい上がり、栄光をも手に入れた波瀾(はらん)万丈の人生を全うした1人の老人の素直な述懐に聞こえる。嫌みも卑屈さも傲慢(ごうまん)さもない。諦観なのだろう。
ラストが印象的だ。こんなふうに締めくくられる。「野球があったから、ここまで生きてこられた。やっぱり、幸せな人生だった。そして、沙知代がいたから、こんなに弱い私も何とかここまで生きてくることができた。私は本当に幸せだった。あとは死ぬだけだ。もう、十分に生きたよ」(相)
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星海社03(6902)1730=1100円。