子どもが親にねだりたくなる? 「辞典」=「勉強」のイメージを変える、物語を楽しめる辞典

対談・鼎談

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子どもが親にねだりたくなる? 「辞典」=「勉強」のイメージを変える、物語を楽しめる辞典

[文] 遊泳舎

2021年2月に刊行された『名前のないことば辞典』(遊泳舎)。「わくわく」「もじもじ」「だらだら」といった擬音語や擬態語などのオノマトペ、感嘆詞を動物のイラストとともに紹介するユニークな切り口の一冊だ。

全編を通して物語としても読めるという不思議な辞典の魅力を、絵本作家やイラストレーターとして活躍する著者の出口かずみさん、東京・高円寺にある「えほんやるすばんばんするかいしゃ」で絵本の販売や出版を行う、本作ではデザインを担当した荒木純子さん、担当編集者であるフリーエディターの谷口香織さんの3人が語り合う。


小ぶりで厚みのある独特のサイズ感が、お菓子の箱のような雰囲気を醸し出す

「物語のある辞典」が生まれたわけ

谷口 もう10年以上前なんですけど、ピエブックスから出ている『ぎおんごぎたいごじしょ』という本を見たときに衝撃を受けたんです。それまで自分の中の辞書や辞典って、文字がびっしり書いてある「勉強に使うもの」だったんですけど、その本はすごく自由でした。たとえば「めちゃめちゃ」という言葉なら、文字が逆さまに印刷してあったり、「ねちねち」だったら、長くてしつこい例文が書いてあったりして、思いっきり遊んでるなと。自分の中で凝り固まっていた辞書のイメージが崩れて、こんなに自由にしてもいいんだと思いました。

荒木 うんうん。

谷口 それから、2015年に子どもが生まれたんです。今まで絵本をほとんど読んでこなかったんですけど、子どもに読み聞かせをするうちに、絵本の中に擬音語や擬態語がたくさん出てくることに気づきました。あるとき、散歩中に「鳥がぱたぱた飛んでるね」って、当時2歳くらいの子どもに言ったら、顔を手でぱたぱたしだしたんです。この子の中で「ぱたぱた」と言ったら、私が化粧水をはたいている音なので、「なんでお母さんは鳥が飛んでいるときに『ぱたぱた』って言うんだろう?」っていう顔をしていました。

荒木 そうか、同じ「ぱたぱた」ですもんね。

谷口 そういうのも面白くて、いつか本にしたいなって思ってました。その後、遊泳舎が2018年の終わりにできて、2019年に新年会みたいな集まりがあったんです。そのときに「こういう擬音語系の辞典を作りたい」って言って。せっかく集まるから話の種にと、飲み会に企画書を持っていきました(笑)。

一同 (笑)

谷口 最初は擬音語に絵をつけたいという内容でした。擬音語や擬態語が2000語くらいあるから、全部に絵をつけるかどうかとか、内容はあやふやで。あとはテーマごとに分冊して、動物編、自然編などに分けるとか、色んな案が出ました。自分では擬音語に絵がついているだけで、すでに面白いと思ったんですけど、(遊泳舎代表の)中村さんが「これ物語になっていたら面白いんじゃないですか」って言ったんです。中村さんに神が降りてきたなと思いました。そこから擬音語に絵がついているだけじゃなくて、物語という形式になっていきました。

「こういう人いるよね」と思わせる、動物キャラクターの妙なリアルさ

荒木 企画がスタートした当初よりも、進めていくうちにキャラクターの性格がどんどん明確になっていきました。脇役がでてきたり、いつのまにか町みたいなものができていて、物語が自然と生まれていきましたね。ただパラっとめくったページを見るよりも、全体を通して行ったり来たりすることで、関係性や全体像が見えてきて、より楽しんでもらえるといいですね。

谷口 何回も読みたくなるというか、読むたびに別の発見がある本になったのがすごく嬉しいです。制作中も、出口さんが意図してイラストにこれを登場させているのか、無意識なのか、純子(荒木)さんとよく話していました。このページとこのページは繋がっているけど、出口さんは狙ってるのかなーと。

荒木 広がる妄想……(笑)。行き過ぎるとそれを出口さんが止めに入るっていう。

谷口 出口さんはどこからアイデアが出てくるんですか?

出口 端々に「こういう友達いたよな」とか「こういう人バイト先にいたよな」と思い出しながら描いていた部分はあります。(それぞれの動物に)キャラクターがあるから性格が見えてくるというか。この本はやりやすかったですね。

荒木 最初にそれぞれの動物の性格や設定をなんとなく決めたけど、それだけじゃない面白味が、出口さんが描いてくれることによって足されて、立体的になっていくというか……。出口さんはそれをどこまで意識的にやっているのか気になります。

出口 描いていくうちにそれぞれ人間味というか、愛すべきダメポイントとかをつけたくなって。そこから肉付けされていった感じがするので、意識的というよりは、自然に出来ていった印象です。

谷口 打ち合わせのときも、「かわいこちゃん(犬の恋する相手)」ってキャラが本に出てきたら、「こういう人大学にいましたよね」みたいな話になりましたよね(笑)。ちなみに自分はどのキャラクターに近いとかあります?

出口 自分は、「ねこ」か「ぶた」かな。年取ってきて、より「ねこ」になってきた。面の皮が厚くなったというか。。昔よりは、言いにくいけどここで言わなかったら後悔するよな、という場面とか増えてきて。なんか、もじもじしてる場合じゃなくなってきたんですよね。

架空の会社の経営を本気で考える「真面目にふざけるおかしさ」

谷口 一番気に入っているページはありますか?

荒木 わたしは、あひるの章の「もさもさ」です。作業中に何度見てもにやにやしてしまって。終始強気なあひるが、羽毛のもさもさがコンプレックスという弱さを出す場面が大好きで。あと、「おへやであそぼう」も好きですね。細かいところまで遊び心があって楽しめて、これぞ出口さん!とひとりで感動してました。


「忙しいはりねずみの章」より「おへやであそぼう」

谷口 純子さんから最初のイラストでは、ちょっと家がきれいすぎるから、ゴミを足してもっと散らかしましょうみたいな話がありましたよね。

荒木 子どもがこんなに大人数で遊んでいて、きれいなわけがないかもと思って。そのあと加筆してくださったイラストでは最高に散らかしてくれて、はりねずみのお母さんの様子に、より同情してしまいました。

谷口 私が好きなオノマトペは、そのはりねずみ母さんの「やれやれ」です。呆れてるけど心の奥に優しさが見えるのがいいなと。制作中に面白かったのは「開運ツアーの企画書」です。内容を詰めるのに1日くらいかかりましたよね。


「仕事に生きるあひるの章」より「宝くじ×金のスワン開運ツアー」

出口 あれは真剣にやりましたね(笑)。

荒木 本当にこれで経営は成り立つのか、みたいなことを考えましたね。

谷口 ツアーの金額設定とかも考えて、売り上げ規模や人数も電卓を打って計算しました。細かいところまで読んでくれた人に、辻褄が合わない、とがっかりしてほしくなかったんですよね。

荒木 くだらないなーと思いながらも、面白かったです。

谷口 真面目にやってるけど、ずっとどこかでふざけてて、それが楽しかったです。

荒木 それと、小晴ちゃん(谷口さんの娘)が絵と文で参加してくれたページは嬉しかったですね。カラーページの話をしてたときに、最初は出口さんに書いてもらうつもりで、「こういう感じにして欲しい」って伝えたんです。でも、こぐまが本当に書くとしたら字があまり上手じゃないからって。出口さんが「小晴ちゃんに書いてもらうのがいいかもしれない」って言って、「それだそれだー」ってなりました。

出口 ここはどうしても大人が子ども風に書くよりもね。


「悩みがちなくまの章」より「つくってあそぼう(いみをかんがえる)」

荒木 今は小晴ちゃんももうこんな風に書けないじゃないですか。大きくなって、だんだ
ん変わっていくから。ある時期の瞬間が印刷されて残るのは嬉しいなと思います。出口さんが提案してくれてよかったです。

谷口 でも本人に見せたら、「これはこっちゃん(自分)が書いたんだよ!」って言って
ました。

荒木 あー、そっかそっか! こぐまが書いてるように見えるから。絵そのままを受け取ってくれるんですね。えー、面白い。なるほど。

谷口 絵なんだけど生き物というか、本当にいると思っているみたいです。

子どもが親に辞典をねだったら面白い

谷口 この本はどんな人に読んで欲しいですか?

出口 もちろん辞典として使ってもいいんですけど、たとえば喫茶店で「今日はこの本にしよう」って、物語を読むように読んで欲しいです。

荒木 私はこの本で初めて出口さんのことを知ってくれる人がいたら嬉しいです。もちろん出口さんのことを好きな人に楽しんで欲しいという気持ちもあるんですけど、パッと手にとって、どこかの部分に反応してくれて、「へー、出口かずみさんか、どんな人だろう」って。

谷口 うんうん。たとえば、子どもが親に「辞典が欲しい」って言ったときに、「だめだよ辞典なんか!」っていう親はいないじゃないですか。

一同 あはははは(笑)。

谷口 子どもが手に取って、面白がってもらえたらいいなーと思います。親も「辞典!? 辞典だよね?」みたいな。「えー」って言いながらも、ハマっちゃうようなことがあれば、面白いと思います。そういえば、校正紙を切ったら、ちょうど絵のところだけが積み重なったメモ帳ができて、夫と幼稚園児の子どもがそれで毎日手紙交換をしているんです。そのときに子どもがオノマトペが何かをけっこう気にしていて。いぬが手を挙げている絵のときは、「ほいほい」じゃなくて、「はいはい」だよね?と聞いてきたり。こうやって、園児でも楽しめるのは、絵の良さなのかなと。

出口 色々想像して欲しいですね。

谷口 子どもが絵を見て疑問を抱いたときは、理由を説明したりして、親子の時間を楽しんでもらえたら嬉しいです。

最初から最後まで3人でげらげら笑いながら作った本


左から谷口さん、出口さん、荒木さん

谷口 この本を一言で表すと、何ですかね。

出口 うーん、なんだろう。表せないかもしれない。

荒木 そういうキャッチコピー的な意味合いではなく、感想ですが「3人で作った本!」という感じ。それぞれ役割はあるけど、きっちり分業ではなく、お互いの意見やアイデアを出し合いながらひとつひとつ作り上げていったので。

谷口 普通は打ち合わせ日に絵が上がってなかったら、延期するじゃないですか。でも一応打ち合わせはやって。

出口 全然何もやってないときは「すみませんできてなくて!」って言って臨んだり。

谷口 それまでしたことを振り返ったり(笑)。でも、そこで話したことが次の絵に繋がることもありました。仕事を超えたいろんな話ができて、その話もまた本の中に登場したりして、不思議でした。普通は本を作っていると大変なときもあるのに、今回はずっと面白がっている自分がいて。

荒木 私もです。始まってから完成までが長かったのに、最初から最後までげらげら笑いながら本をつくれたのはとっても貴重なことだと感じます。

出口 自分一人で考えて作るのが不安なところも、相談して意見もらったりして、本当に3人で作った。だから表紙に私だけの名前があるのが申し訳ない。

荒木 いや、それは出口さん(笑)。

谷口 うん、それは出口さん(笑)。

出口 でも、それくらいの感覚で、3人でやりました。

 * * *

○著者プロフィール
出口かずみ (でぐち・かずみ)
1980 年、佐賀県生まれ。猫2匹と暮らしながら絵を描いている。主な著書に『どうぶつせけんばなし』『画集 小八』(えほんやるすばんばんするかいしゃ)、『おべんとういっしゅうかん』(学研プラス)、『ポテトむらのコロッケまつり』(文:竹下文子、教育画劇)、『たくはいびーん』(文:林木林、小峰書店)など。好きな名前のないことばは「ごろごろ」。

遊泳舎
2021年4月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

遊泳舎

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