未知のウイルスとの闘い なぜ奇跡は起きたのか

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コロナ下の奇跡 自衛隊中央病院衝撃の記録

『コロナ下の奇跡 自衛隊中央病院衝撃の記録』

著者
石高健次 [著]
出版社
南々社
ISBN
9784864891288
発売日
2021/04/21
価格
1,650円(税込)

未知のウイルスとの闘い なぜ奇跡は起きたのか

[レビュアー] 篠原知存(ライター)

 横浜港に入った豪華客船ダイヤモンド・プリンセス号で新型コロナウイルスの集団感染が起きたのは昨年2月。あれが日本におけるコロナ禍のはじまりだった。感染を抑え、医療崩壊を防ぎ、一人でも多くの人を救う。感染症との戦いは全国で続くが、最初期に未知の病原体と対峙したのは自衛隊の医療チームだ。

 客船の乗船者支援に派遣された自衛隊員はのべ約2700人に達したが、感染者はゼロ。自衛隊中央病院に運ばれた感染者109人は全員が治癒。医療者側の感染者はいない。いまでは感染防止策や治療に関する情報がかなり共有されているが、当時は皆無だったと言っていい。暗中模索で達成した成果だった。

 本書は、なぜそんな「奇跡」が可能になったのかを、現場に出た自衛隊員の証言から探るリポート。著者は日本人拉致事件やアスベスト問題の報道で名を馳せたジャーナリストだ。「未知のウイルスと闘った、治療の開拓者の記録である」と記す。

 前代未聞の状況に直面しても、訓練で体得した行動規範を基本に、臨機応変にぶつかっていく。合言葉は「恐れず、侮らず」。強い使命感が隊員を支える。その結果、WHOが全身性ステロイドの使用を推奨しないと発表している中で、血液PCR検査を活用して全身性ステロイドを使う斬新な治療法まで生み出した。

 隊員の言動から浮かび上がってくるのは、上意下達の硬直した組織像ではなく、現場のコミュニケーションを重視するしなやかな姿だ。著者も「新鮮な驚きだった」と書いているが、そういう組織だからこそ、有事に対応できたのだろう。

 情報提供の遅れや、お役所的な手続きによる障壁など、是正が必要なことが隊員の言葉で的確に指摘されているのも見逃せない。ワクチンの普及でコロナ禍は終息に向かうかもしれないが、いつまた未知の脅威が襲ってくるかわからない。最前線からの報告に学ぶべきことは多い。

新潮社 週刊新潮
2021年5月20日夏端月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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