こういう生き方しかできないけど、誰かの役に立てるなら。 膨大なトライ&エラーを綴った初の自伝 『再生(仮)』刊行記念 緒方恵美インタビュー

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再生(仮)

『再生(仮)』

著者
緒方 恵美 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784041084465
発売日
2021/04/28
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

こういう生き方しかできないけど、誰かの役に立てるなら。 膨大なトライ&エラーを綴った初の自伝 『再生(仮)』刊行記念 緒方恵美インタビュー

[文] カドブン

『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジをはじめ、『幽☆遊☆白書』の蔵馬、『カードキャプターさくら』の月城雪兎/ユエ、『遊☆戯☆王』の武藤遊戯など、数多くの人気作に出演してきた声優・緒方恵美さん。4月28日に刊行された『再生(仮)』は、日本のアニメシーンに大きな足跡を刻んできた緒方さんが、自らの人生をふり返った初めての自伝エッセイです。幼少期から今日までの歩み、出演作にまつわるエピソード、コロナ禍で変わるアニメ界のこれから――。秘蔵写真満載のカラーグラビア16ページも収録した、ファン必読の一冊について、緒方さんにお話をうかがいました。

■『再生(仮)』刊行記念 緒方恵美インタビュー

こういう生き方しかできないけど、誰かの役に立てるなら。 膨大なトライ&エラ...
こういう生き方しかできないけど、誰かの役に立てるなら。 膨大なトライ&エラ…

■「お芝居をすれば人と繋がれる」とインプットされた

――『再生(仮)』は、緒方さんが幼少期から今日までをふり返った、初めての自伝です。こういう本を書いて欲しいというオファーは、以前からあったそうですね。

『新世紀エヴァンゲリオン』のテレビシリーズが終わった1996年頃から、何度かオファーをいただいていました。でも、自分はまだ何者でもないし伝えられることはありません!とお断りしてきたんです。それを今回書いてもいいかなと思えたのは、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の収録が終わり(注:『再生(仮)』発売前の2021年3月に公開)、25年以上付き合ってきたシリーズにひと区切りがついた、という理由が大きいですね。碇シンジというキャラクターをここまで演じたことで、“何かを成し遂げた”と言っても許されるような気がしたんです。

――緒方さんは東京の秋葉原出身。音楽家だったご両親に、幼い頃から大きな影響を受けたと書かれています。

 まあ、子供は誰でも親の影響を受けて育ちますよね。わたしが人格的に変わり者なのは、間違いなく両親の影響じゃないかな(笑)。父が元トロンボーン奏者、母が元声楽家だったので、音楽はいつも身近な存在でした。一流のものに触れるべきというのが父のポリシーで、お金のある家ではなかったですが、N響(NHK交響楽団)や日本フィル(日本フィルハーモニー交響楽団)には父の音楽仲間がいらして、コンサートによく連れていってもらいました。上野が近所だったので、東京文化会館で開催されるバレエ公演を観にいったり。

――レコードを聴いて楽器を当てる、「音当てクイズ」が家族の楽しみだったとか。

 英才教育とかでは全然ないんです。父の体調のこともあって遠出が難しかったので、身近なものを使って遊んでいただけ。よその家庭を知らないので、当時は変わったことをしているとは思わなかったです。そうやって耳を育ててもらったことは、音楽活動をするうえで役に立っていると思います。

――お芝居に目覚めたきっかけは、小学6年の学芸会。難しい祈禱師の役を演じたことで、拍手喝采を浴びたそうですね。

 祈禱師はおばあさんの役だったので、誰もやりたがらなかったんです。わたしはクラスの女子に若干いじめられていたので、「緒方にやらせよう」ということになった。3ページくらいある長ゼリフを暗記して自分なりに工夫して演じたら、劇の途中なのに大拍手。わたしをいじめていたクラスメイトも、親から「あの子と仲良くしておいた方がいい」と言われたらしくて(笑)、握手を求めてきました。その時に、あ、お芝居をすれば人と繋がれる、仲良くなれるんだとインプットされてしまったんです。それこそ「エヴァに乗ったら褒めてくれた」という感じで(笑)。

――碇シンジ(『新世紀エヴァンゲリオン』)の有名なセリフですね! この本には他にも緒方さんが演じてこられたキャラクターのセリフが随所にちりばめられていて、思わずニヤリとさせられます。

 声優をやってきてよかったなと思うのは、有名なセリフをトークに織りまぜると、皆さん喜んでくれること(笑)。たとえばわたしなら「逃げちゃダメだ」と言うだけで、どっと受けてもらえる。この本でもさまざまな役柄のセリフを、随所にはめこみました。分かる人には分かるファンサービスです。もちろんその言葉が合う内容の箇所にですが。声優のエッセイならではの、ずるい書き方ですけどね(笑)。

こういう生き方しかできないけど、誰かの役に立てるなら。 膨大なトライ&エラ...
こういう生き方しかできないけど、誰かの役に立てるなら。 膨大なトライ&エラ…

■「どうやったらできるか」を考え続けて今の道に

――中学・高校時代は、演劇をはじめさまざまな課外活動に熱中したそうですが、クリエイティブな仕事に就きたいという希望は早くから持っていたのでしょうか?

 いえ、中学校の3年間はハンドボール部でしごかれていたので、それどころじゃありませんでした。芝居をやろうと思ったのは部活を辞めて、突然暇になったからですね。さて何をやろうかなと考えた時に、“エヴァに乗ったら褒めてもらえた”ことを思い出したんです。芸能事務所に潜りこんで、2時間ドラマのちょい役など、小さなお仕事をいくつかやらせてもらっていました。ところがうちの学校は芸能活動禁止で、やめろと言われてしまったんです。禁止されたら余計に燃えてしまうタイプなので、校内で演劇サークルを立ち上げました。それでお芝居の面白さにどんどんはまっていったんです。

――やりたいことを次々実現していく、緒方さんのアイデアとパワーには感心させられます。

「できない」と諦めるのではなく「どうやったらできるか」を考える。それは学生時代だけじゃなく、声優になってからもずっと続けていることです。クリエイトするっていうのは、そういうことですよね。特に今は一億総セルフプロデュース時代。待っていても誰も引き上げてはくれません。自分で自分を理解して、プロデュースしなければならない。やりたいことを実現するための創意工夫は、ますます必要になっていると思います。

――緒方さんが芸能活動をすることに、元音楽家のお父さまは反対だったとか。

 芝居なんてやっても意味がないと。父は若い頃芸能界にいたので、いやな面にも触れる機会があったんでしょうね。一流のものしか認めない人だから、わたしが当時もらっていたチョイ役なんて論外という考えもあったんだと思います。それと本には書きませんでしたが、うちは代々医者の家系なんです。江戸時代に緒方洪庵という医者がいますよね。

――日本近代医学の祖といわれる、歴史上の偉人ですね。

 うちはあの洪庵さんに連なる家系なんです。直系ではないんですが、江戸時代から代々、万世橋のあたりで医業を営んでいたそう。祖父の代からは戦争などの影響があり、別の仕事に就くことになった。それを元のコースに戻したいという思いが家族にはあったんですね。わたしは子供の頃、なまじ知能テストの結果がよかったもので、大学に行って医者になれ、という有言無言のプレッシャーを感じていました(笑)。

――そんなお父さまとの葛藤が、本書前半のひとつの読みどころとなっています。

 どの家庭も同じだと思いますけどね。子供は親を乗り越えようとするし、親はそんな子供をなかなか受け入れられない。父とは色々ありましたが、わたしもシンジと同じように褒めてもらいたかったのかな、とふり返ってみて思います。

――高校卒業後は、大学・専門学校を経て、ミュージカル役者の道へ。しかし劇団が解散してしまったことで、声優を目指すことになります。

 本当にたまたまなんです。劇団解散後、お世話になった演出家やプロデューサーに挨拶にいったら、「緒方は男役を演じると声に華があるから、声優を目指したらいいんじゃないか」と言われたんです。それまで声質を褒められたことなんて一度もなかったですが、腰を悪くしていたこともあって、ミュージカル俳優を続けるのも難しい。じゃあ、やってみようかな、と調子に乗ったというきっかけで(笑)。

こういう生き方しかできないけど、誰かの役に立てるなら。 膨大なトライ&エラ...
こういう生き方しかできないけど、誰かの役に立てるなら。 膨大なトライ&エラ…

■様々な出会いから拡がってゆく 声優としての生き方

――そうした偶然や運命的な出会いが、緒方さんの人生にはたびたび訪れる気がします。『新世紀エヴァンゲリオン』の主役に緒方さんを指名した、庵野秀明監督とのエピソードも印象的でした。

 庵野監督は、『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』でわたしが演じた、地場衛というキャラクターの子供時代を見て、「ここにシンジがいた」と思ってくださったらしいんです。それで『エヴァ』の主役にとオファーしてくださったんですが、当時の事務所のマネージャーが多忙などを理由にすでに断っていた。にもかかわらず、庵野監督は『セーラームーンS』の番組旅行で、あらためて声をかけてくださったんです。監督から「あなたに主役になってほしい」と言われたら、断る選択肢はない。それで事務所の方針に初めて逆らって、『エヴァ』のオーディションを受けました。もしあの時、庵野監督が声をかけてくれなかったら、事務所に従ってオーディションを受けなかったら、わたしの人生は違うものになっていた。この本が書かれることも、なかったと思います。

――『幽☆遊☆白書』や『カードキャプターさくら』『ダンガンロンパ』などの人気作出演時の秘話も満載で、アニメファンにはたまりません。キャラクターの内面を「探偵のように」掘り下げて、リアリティを生み出していくという演技論にも、なるほど!と唸りました。

 台本を推理小説のように読み込んで、隠された答えを見つけていく。それが声優、俳優の大切な仕事。演じるキャラクターのセリフだけでなく、前後の他のキャラクターのセリフ、ト書きにも手がかりは潜んでいます。たとえば「怒る」という感情表現ひとつとっても、本気で怨みをこめて怒っているのか、微笑みながら怒っているのか、状況や環境、相手によっても違います。あらゆる手がかりを拾い集め、分析して、自分がキャラクターになりきるまで想像力を働かせる。そうすることで地に足の着いたキャラクター作りができる。

――特に読み応えがあったのは、四半世紀以上演じてこられた『エヴァ』の舞台裏です。緒方さんの声優人生と碇シンジというキャラクターは、色んな部分でシンクロしていたのだなと感じました。

 読んでいただければ分かりますが、声優デビュー以降、それはもう色んなことがありました。嬉しいこともあったけど、大変なことも多かった。特に30代はしんどかったですね。20代のうちはがむしゃらに突っ走ることができたけど、段々ルールやしがらみを背負うようになって、違和感を覚えるようになった。色々あって2000年には半年休業するんですが、復帰してからも試行錯誤が続いたんです。人に話しても理解してもらえないし、孤独を感じていました。でも庵野監督は、わたしのそんな複雑な思いを見抜いていた。

――緒方さんの孤独と14歳のシンジの内面が響き合ったんですね。新劇場版『破』のアフレコの際には、庵野監督に感謝されたとか。

 庵野監督に「14歳の心を持ち続けながら、君の13年分の経験値をたしてくれてありがとう」と言われて、感極まって泣いてしまいました。14歳っていうのは、大人と同じくらいの情報を受け取っていますが、感情的にはまだまだ子供です。だからうまく忖度できないし、傷つくことも多い。演じ始めた頃は、そんな繊細なシンジと自分は似ても似つかないと思っていたんです。でもわたしがまとっている大人の鎧の下には、シンジ的な部分があった。変な話ですが、全て終わってみて初めて、わたしはシンジだったと思いました(笑)。

――2019年春には無料の私塾「Team BareboAt」を開校されました。声優業界をとりまく厳しい状況と、そこでチャンスを摑むことの大切さがこの本の中でも述べられています。

 新人にとっては難しい時代だと思います。小規模な事務所が増えたこと、一人収録が当たり前になったことで、アフレコ現場で先輩の演技を学ぶことが難しくなってきている。演技というのはかけ合いの中で生まれるものですが、それが成立できにくい状況になっているんですね。後輩からも「学びたいけど機会がない」という相談を受けることが多くて、……。演じるという感覚は、本来教えられるものじゃない。でもヘレン・ケラーに「ウォーター」という言葉を理解させたサリバン先生のように、分かる手助けをすることはできるかもしれないと。無料の私塾という形にしたのは、教える相手を自分で選びたいからです。お金を払っているから教えてもらって当然、という人には、ヘレンのような感覚を理解してもらうことは難しいので。

――さまざまな困難に出会いながらも、声優・歌手としてぶれないスタンスを貫いてきた緒方さん。『再生(仮)』に刻まれている緒方さんの生き方に、勇気づけられる読者も多いはずです。

 意識してやっているわけじゃなくて、こういう生き方しかできないだけですけどね(笑)。「オレの屍を越えてゆけ!」という思いで、膨大なトライ&エラーと、その先に拡がる世界を初めて書いてみました。少しでも面白かった、役に立ったと思ってもらえたら嬉しいです。ご興味のある方は、ぜひ手に取ってみてください。

*5月25日発売の「小説 野性時代」2021年6月号(電子雑誌)では、『再生(仮)』刊行記念特集を掲載! こちらには、緒方恵美さんからの特別メッセージが載っています。

『再生(仮)』試し読みはこちら
https://kadobun.jp/trial/saisei/b8c7j7eh0lws.html

取材・文:朝宮運河 撮影:冨永智子 

KADOKAWA カドブン
2021年05月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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