東京パンデミック 写真がとらえた都市盛衰 山岸剛著

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東京 パンデミック

『東京 パンデミック』

著者
山岸 剛 [著、写真]
出版社
早稲田大学出版部
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784657210074
発売日
2021/04/07
価格
990円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

東京パンデミック 写真がとらえた都市盛衰 山岸剛著

[レビュアー] 飯沢耕太郎(写真評論家)

◆「モノ」に語らせた東京論

 写真を“表現”ではなく、世界を認識するための手段ととらえ、思考と実践の成果を発表していく写真家はそれほど多くない。山岸剛がその一人であることは、彼の前著『Tohoku Lost,Left,Found』(二〇一九年)を見ればすぐにわかる。この、東日本大震災の二カ月後から、東北・太平洋沿岸の風景を建造物を中心に撮影した写真集には、震災による破壊と復興の状況を克明に記録することで「建築という人工物を介して見えてくる自然の力」を見極めたいという意図が貫かれていた。

 その山岸は、同年夏から東京、とりわけその「際(きわ)(エッジ)」にカメラを向け始めた。さまざまな要素を取り込むことができるパノラマ画面で撮影した「中央区築地・築地市場跡」の写真に、「東京が撮れた」という手応えを感じたからだ。以後、主に早朝に車で走り回りながら被写体になる場所を探し、手持ちで、時には三脚を立てて撮影するという行為を続けていった。本書にはそうやってできあがった三十数点の写真、そこから発想を得て綴(つづ)った短いテキスト群がおさめられている。

 いうまでもなく、山岸が東京を撮っていたのは、世界中が新型コロナウイルス感染症によるパンデミックに包み込まれていた時期である。そんな「非常事態」によって、逆に東京が本来孕(はら)んでいた不安、脆弱(ぜいじゃく)さなどが一気に明るみに出たともいえる。山岸は建築写真家としての鋭敏で精細なアンテナを使って、普段はあまり気づくことのない「虚」と「実」の交錯、「異物」としての自然、「過去」をよみがえらせるモニュメントなどに目を留め、シャッターを切っていった。あえて「ヒト」を画面から排除し、「モノ」に語らせる(=「物語」)というやり方が、純度の高い文章と相まって、写真による東京論を見事に成立させている。

 ただ、新書判の判型にパノラマ画面の写真をおさめるのはやや無理がある。印刷もいいとは言えないし、写真が本ののどで切れてしまうのも残念だ。もう少し大きな判型の「写真集」でも見てみたい。

(早稲田新書・990円)

1976年生まれ。写真家。共著に『景をつくる 井上剛宏作庭集』など。

◆もう1冊 

初沢亜利著『東京、コロナ禍。』(柏書房)

中日新聞 東京新聞
2021年5月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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