本屋さんにしては落ち着いた照明の店内に、流れるクラシックミュージック。
天井に浮かんでいるのは、大きな太陽とお月さま。
まるで夢の世界への入口に立っているようなワクワク感に包まれながら、気になる本を手にとったりカフェで休憩しているうちに、気づけば時間が過ぎていく。
150軒以上もの本屋が軒を連ねる「本の街」東京・神保町に、この街唯一の新刊の絵本を扱う専門店があります。それが「ブックハウスカフェ」。
「インターネットで気軽に本を買える時代に、書店をやる意味ってなんだろう。1日1日、挑戦しながらここまでやってきました」
この場所を4年かけてつくりあげてきた代表の今本義子さんはそう話します。
そんな今本さんに、ブックハウスカフェの今までとこれからついて、いろいろ話を聞きました。
周りの心配を押し切ってはじめた本屋の経営
――神保町といえば大人の街というイメージがあったのですが、ここに子どもの本の専門店を開くことになった経緯を教えてください。
もともとこの店舗は、「北沢書店」というわたしの実家が営む英米文学の専門店で、古書と新刊を両方扱っていたのですが、15年前に新刊の取り扱いをやめることになり、1階にテナントとして絵本屋さんが入ることになったんです。
その絵本屋さんが、「この街に子どもが来る場所をつくろう。街に子どもが来るということは、街の未来をつくることにつながる」という考えを持っていらして、年齢層の高い神保町に、子どもたちが気楽に立ち寄れる店(当時の店名「ブックハウス神保町」)が誕生しました。
――そのお店を、今本さんが引き継がれたのですか?
4年前に、残念ながらその書店が閉店することになってしまい、「太陽と月の天井画も消して元通りにしてお返しします」と言われました。でもわたしは、本当にそのお店が好きだったので、なんとか維持できないかと思ったんです。ちょうど自分の子育ての時期と重なっていたこともあり、親子でお世話になった思い入れのある店だったので。
最初は、だれか続けてくれないかなと思っていました。でも、とてもランニングコストのかかる店なので、難しいというご意見ばかりで。じゃあもう自分がやるしかないと決意しました。
――自分で本屋さんをやる。それはかなり勇気のいる決断ですね。
そうですね。周りの人には、すごく心配されました。「経営も知らないのに、熱意だけでできるもんじゃないよ」「借金背負っちゃうよ」って。
でもわたしの頭の中には、「本だけじゃなくて、飲食やイベントも組み合わせて売上をつくっていけば、何とかなる!」という確信のようなものが、たいして根拠もないのにありまして、4年前の5月5日にブックハウスカフェをオープンすることになりました。
ここは本を売るだけではなく、「人が人に出会う場所」
――ブックハウスカフェでは、作家さんの展示やイベントが頻繁に行われ、まるで毎日が縁日というようないい活気を感じます。こうしたコンセプトはオープン当初からあったのですか?
最初に思い描いていたのは、「子どもが本に出会う場所」でした。インターネットで本が買える時代に、わざわざリスクを背負って本屋をやるからには、ネット書店にはできないサービスを提供しないといけない。それは何かというと、「出会い」なのではないか。ただ本を買うのではなく、「あのとき、あの場所でこの本に出会った」という記憶に残るような店にしたいと思いました。
でも、オープンから1年くらい経ったとき、ふと気づいたんです。ここは、「人が本に出会う場所」だけでなく「人が人に出会う場所」なんだって。
ここには、子どもからお年寄りまでの幅広い年齢層のお客様だけではなく、絵本作家さんや出版社の方など絵本に関わるさまざまな人がやってきます。運が良ければ、ふだんはなかなか出会えない作家さんと直に会話を交わしたりサインを貰ったりすることもできます。「本を買う」ことに、そういう「体験」をプラスできる店でありたいと思っています。それから4年、同じ想いでお店を続けています。
今までやってきたイベントは、すべて“3密”につながることだった
――ここ数年、コロナの流行など、経営者として青ざめてしまうような不測のできごともあったと思うのですが…。
そうですね。コロナの前までは、週末だと1日にいくつもイベントの予定が入っているほど大忙しでした。ネット書店にはできないことを、と企画してやってきたイベントは、すべて“3密”につながることだったので、それができなくなってしまったというのは本当に辛かったです。
経営がいちばん大変なときには、ウェブサイトで自作のクラウドファンディングのようなことをやって、サポーターを募りました。それにたくさんの方が協力してくれて危機を乗り越えることができたので、本当に感謝しています。今も、ここはみんなのブックハウスカフェなんだ、みんなでつくってるんだ、という気持ちを常に持っています。
今は頭を切り替えて、他の方法でブックハウスカフェらしさを出していけないかを考えているところなんです。この場所には、本当にいろいろな可能性があると思うんですよね。
――そうですね。ここは、本屋さんというよりも、本屋のかたちをした文化施設のような場所ですもんね。
目指しているのはそういう場所ですね。たとえば、学校と家を往復している子どもたちのサードプレイスになるような「こども食堂」をはじめることができないかと、今動きはじめているところなんです。
それから、すでにはじめている取り組みですが、発達に個性があり暮らしづらさを感じている子どもたちに街の絵本屋として何かできないかなと思い、「ココロノホンダナ」という活動をしています。あと、高齢者の方向けのカルチャーセンターとしても使ってもらえるんじゃないか、とか。とにかく、この場所をもっと、ふれあいを求めて来る人の心を満たすような場所にしたいと思っているんです。
続けられる理由は、好きだから。神保町が本の街である限り、ここで本屋を続けたい
――お話していると、常にアイデアをめぐらせているのだなと驚かされます。
今の時代に本屋を経営するというのは、1日1日が挑戦なんです。うちの場合は、お店を開けているだけで、1日に10万円以上のランニングコストがかかります。それをどう売上でカバーできるかが勝負です。だから、色々なことを考え、それをどんどん試していくというやり方が自然と身につきました。
「経営の無免許運転」とか「部活みたいだね」と言われることもありましたが、まさに「部活のパワー」というか、好きだからやれているという感じですね。
――そんなふうに働ける人、なかなかいないと思います。最後の質問になりますが、今本さんは、これからの本屋さんはどうなっていくと思いますか?
全然分からないです。10年後もどうなっているか分かりません…。これからの時代、書店をやるリスクは高いですよね。でもわたしは、神保町が本の街である限り、ここで本屋を続けたいと思っています。生まれ育った街なので、親しみがあるんです。この街がこれからも活気あるいい街であり続けるように、自分の役割をまっとうできたら幸せだと思います。
――このお店が文化の発信基地として神保町にあり続けるイメージが目に浮かびます。今日はどうもありがとうございました。
〈 おまけの質問 〉
Q.ここだけの話を教えてください
実はブックハウスカフェは、裏にもう1つ入口があって、そこは夜になるとバーになるんです。バーからは閉店後の書店に入ることもできて、そこでお酒を飲みながらナイトミュージアムのように店内で過ごすこともできます。これ、とても人気なんですよ。今は緊急事態宣言中なのでお休みしていますが、再開することになったら、ぜひ体験しにきてください。
話を聞いた人:今本 義子(いまもと よしこ)さん
銀行勤務を経て、神保町にある家業の洋書専門店、北沢書店の経営に携わる。2017年5月、北沢書店の1階をリニューアルして、カフェやギャラリーを併設した絵本の店「ブックハウスカフェ」をオープン。絵本のイベントのほか、出版記念パーティー、紙芝居、文学講座、異業種交流会なども企画し、多彩な出会いの場を提供。
https://www.bookhousecafe.jp/
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