【聞きたい。】稲田俊輔さん 『おいしいもので できている』
[文] 本間英士
■「食いしん坊」目線 洒脱に描く
東京や大阪などで展開する人気南インド料理店「エリックサウス」の創設者・総料理長の著者が、自身を形作った思い出の味から、ごくありふれた食べ物までを語るエッセー集。世界最高の卵料理に「月見うどんの卵黄を破ってうどんをすする最初の一口」を挙げる理由などが、軽妙洒脱(しゃだつ)な筆づかいで描かれる。
「評論的な文章よりも、食いしん坊の自分が一つ一つの食べ物にどういう思いを持っているのかを素直に書いた方が、読む側も書く側も単純に楽しいかと。変に共感してもらおうとは考えず、淡々と書きました」
本書を読めば、ありふれたグルメ本とは一線を画す独自の目線とこだわりに引き込まれるだろう。著者にとって、最高のサンドイッチとは「きゅうりだけの薄いサンドイッチ」のこと。興味の矛先は、ランチによく出てくる「あっても無(な)くてもどっちでもいいようなサラダ」にまで及ぶ。
「自分は食べ手であると同時に作り手。皆が『当たり前』と見過ごす部分にむしろ引っ掛かるし、知られざる良いところを見つければ生活も豊かになります」
大学卒業後に勤めたサントリーを27歳で辞め、料理人としてのスタートは30歳手前。異色の経歴ゆえか料理界の常識にとらわれない。南インドのカレーに出会ったのは2000年代後半。「十数年ぶりに『わけの分からない料理』に出会った」と強い衝撃を受けた。以後、カレーの魅力に取りつかれ、スパイスなどの情報発信も積極的に行う。
〈日本の味覚の名古屋化〉〈ストイック宅配ピザ〉…。文章には気になるフレーズが並ぶ。文字数が限られるツイッターへの投稿で言葉への意識が鍛えられたという。「大げさにいえば、詩や曲のタイトルを考えることに似ているかも。一言で心に引っ掛かるフレーズを模索しています」
敬愛するエッセイストは東海林(しょうじ)さだおさん。身近な食材やありふれたメニューにも「こういう視点があるのか」と気付かせてくれる書き手だ。(リトルモア・1760円)
本間英士
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【プロフィル】稲田俊輔
いなだ・しゅんすけ 昭和45年、鹿児島県出身。京都大卒。料理人・飲食店プロデューサー。