賃金未払い、不当解雇、労働災害など 働く人を守る3つの法律とは?

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働き方が多様化し、外国人労働者の増加などで職場にグローバル・スタンダードが求められる昨今。「同一労働同一賃金」「ハラスメント規制」など新しいルールも加わっています。人事・労務の担当者はもちろん、労働者自身が職場で生じる課題の解決に立ち向かうには、既存のルールを知っているだけでは不十分です。働く側(労働者)にはどんな権利があり、雇う側(使用者)にはどんな義務があるのか。法律を正確に理解することが、自分を守り、労使トラブルを防ぐことにもつながります。 

※本稿は『教養としての「労働法」入門』(向井 蘭・編著)をもとに再編集しています。

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なぜ、労働法を知る必要があるのか

「労働法」という言葉は知っていても、その中身を理解している人は意外と少ないのではないでしょうか。労働法とは、労働問題や働くことに関する法律をひとまとめにした総称です。労働法という名前の法律があるわけではありません。労働法を知らないと、本来、受けられるはずの保護や権利を主張することが難しくなります。

労働法について考えるとき、労働者と使用者という2つの視点があります。

〈労働者の視点から〉

ひと昔前までは、多くの働く人は労働法に関心がなかったのですが、昨今は、年次有給休暇や解雇、ハラスメントなど労働法が関連する問題が身近な話題になることが増えてきました。労働法を正しく知ることで、自分が持っている権利や課されている義務を知ることができます。そのことで、自分のみならず、家族や友人の労務トラブルを防いだり、解決できることもあるでしょう。

また、もしかしたら、労働法を遵守しない会社で働くこともあるかもしれません。その際は、何らかの方法で会社に改善を求めるか、もしくは、転職するなどの方法で自分の待遇を改善することができます。

〈使用者の視点から〉

私どもの法律事務所は使用者側の労働問題を主に取り扱っております。日々、労働問題に接していて、今日ほど労働問題が国民の方に身近になっている時代はないと痛感します。労働問題がニュースの主要テーマを占める割合が年々増えている印象を受けます。

特に、影響力が大きいのはインターネットニュースです。大手メディアサイトで取り上げられてから、新聞・テレビが後追いで報道することは珍しくなく、世論を動かすことさえあるほどです。

また、多くの転職希望者が転職口コミサイトを見て応募をするかしないか、入社するかしないかを決めますが、最大の関心事の1つは労働法令遵守やハラスメントの有無です。「応募者が来ない」と嘆いている会社は、実は、転職口コミサイトですでに求職者のテストに落ちている可能性があります。

そのため、経営の面からも労働法を正確に知り、労働法令を遵守したり、ハラスメントを予防しないと特に優秀な人材は会社に応募してこなくなり、会社の業績も中長期的には伸びなくなります。正確な労働法の理解はもはや企業として存続するためには不可欠となりつつあります。

働く人がまず知っておくべき法律は…

冒頭で述べたとおり、労働法とは労働関係を規律する法律の総称です。では具体的に、どんな法律があるのでしょうか。

一般に「労働三法」といえば、日本国憲法第28条が保障する労働三権(労働基本権=団結権、団体交渉権、団体行動権)について定めた、労働基準法、労働関係調整法、労働組合法を指しますが、働く人がまず知っておきたいのは、「労働基準法」「労働契約法」「労働安全衛生法」という3つの法律と「契約自由の原則」です。

このほか、男女雇用機会均等法、労働者派遣法、最低賃金法、育児・介護休業法など、労働にまつわる法律はいろいろあります。

〈契約自由の原則について〉

契約自由の原則とは、社会生活において個人は、国家の干渉を受けることなく、自己の意思に基づいて自由に契約を結ぶことができるという民法の大原則です。つまり、本来、雇用契約も、その内容が公序良俗に反しない限り、誰と契約するか、契約の内容をどうするか、その方式はどうするか、当事者間で自由に決められるのです。

しかし、契約自由の原則を徹底すれば、労働者にとって劣悪な労働条件の雇用契約を強いられることになりかねません。そのため、以下のような各法律が制定され、現在に至ります。

労働基準法…労働条件の最低基準を定める

労働基準法は、労働条件の最低基準を定める法律で、主に労働時間、賃金に関する規制がなされています。

労働時間に関しては、1日8時間、週40時間という法定労働時間が定められ、時間外労働(残業)に関しては使用者と労働者の過半数の代表者が、時間外労働、休日労働についての協定(労働基準法第36条に基づく三六協定=サブロクきょうてい)を締結し、所轄の労働基準監督署に届け出なくてはならないという規制がかけられています。

賃金に関しては、使用者は通貨で賃金を支払わなければならないという「通貨払いの原則」が定められています。もしも、契約自由の原則が適用されるなら、使用者と労働者が互いに納得していれば給料としてリンゴ100個を現物支給するという契約も成り立つでしょう。しかし、リンゴを100個もらっても労働者が生活できないのは明らかです。

そこで、こうした理不尽な雇用契約を労働者が無理に締結させられないよう労働基準法で契約の自由を制限しているわけです。賃金の払い方に関してはそのほかにも、労働者本人に直接支払わなくてはいけないという「直接払いの原則」、毎月1回以上、一定期日に支払わなくてはならないという「毎月1回以上・一定期日払いの原則」、賃金を全額支払わなくてはならないという「全額払いの原則」など、さまざまな規制がかけられています。

労働基準法は労働者を保護するための法律で、労働契約で定める労働条件が、労働基準法の基準に達しない場合は、その部分は無効となり、労働基準法が定める基準に置き換わります(労働基準法第13条)。

労働契約法…労働契約のルールを定める

労働契約法では、労働契約に関するさまざまなルールが定められています。就業規則、懲戒処分や解雇の有効性に関するルールなどです。

本来、契約自由の原則により労働者と使用者はどのような契約を結んでもよいはずですが、立場の弱い労働者が不利益を被らないようにするために、労働契約法で一定のルールを定めているのです。そのため、労働契約法に反する契約を結んでも無効になります。

たとえば、「会社はいつでも従業員をいかなる理由であっても解雇できる」と契約書に盛り込んだとしても、労働契約法第16条(*1)に違反するため、このような条項は無効となります。この点では労働基準法と似ています。

*1 労働基準法第16条には「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と規定されています。

では、労働契約法と労働基準法の違いは、どこにあるのでしょうか。

労働契約法に違反したとしても、労働基準監督署が送検をして、検察官が起訴をすることにより裁判所が刑罰を科すことはありません。労働基準法は、行政の取り締まりの根拠となる法律で、この法律を根拠に労働基準監督署が行政指導を行うことができ、重大な違反行為については刑罰が科されます。この点が労働基準法と労働契約法の大きな違いとなります。

よく「不当解雇だ。労基署に訴えてやる」などのインターネット上の書き込みを見ますが、解雇予告手当についての規制について労働基準監督署は行政指導を行うことができても、労働契約法第16条に定める解雇の有効性について労働基準監督署は扱うことができず、裁判所に訴訟などを起こさなければなりません。

労働安全衛生法…労働者の安全と健康を守る

労働安全衛生法とは、労働災害を防止し、職場における労働者の安全と健康を守るための法律です。

たとえば、鳶(とび)職の労働者が高所で作業をする場合、「命綱があると作業を進めにくい」という理由で命綱の装着を拒否したらどうでしょうか。仮に「事故が起こっても使用者の責任は問わない」という契約を結んでいたとしても、当然のことながら認められません。

労働災害は労働者の生命に関わるため、たとえ労働者の同意が得られなくても、使用者はその防止対策を推進することを義務付けられています。労働者の安全と健康は、契約自由の原則よりも重視されるのです。

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なお、日本の労働法は法律のみでなく、政令・省令・指針・通達・告示なども存在し、実務上重要な役割を果たしています。人事・労務担当者であれば、細部にわたる理解も必要ですが、ひとりの働き手としてなら、それぞれの法律についておおまかに把握しておき、疑問に思うことが出てきたら、解説書などにあたられるとよいでしょう。

向井 蘭(むかい らん)
1975年山形県生まれ。東北大学法学部卒業。2003年に弁護士登録。現在、杜若経営法律事務所所属。経営法曹会議会員。企業法務を専門とし、解雇、雇止め、未払い残業代、団体交渉、労災など、使用者側の労働事件を数多く取り扱う。企業法務担当者向けの労働問題に関するセミナー講師を務めるほか、『企業実務』(日本実業出版社)、『ビジネスガイド』(日本法令)、『労政時報』(労務行政研究所)など数多くの労働関連紙誌に寄稿。共著に『時間外労働と、残業代請求をめぐる諸問題』(経営書院)、単著に『社長は労働法をこう使え!』『管理職のためのハラスメント予防&対応ブック』(以上、ダイヤモンド社)、『最新版 労働法のしくみと仕事がわかる本』(日本実業出版社)、『改訂版 会社は合同労組・ユニオンとこう闘え!』(日本法令)、『改訂版 書式と就業規則はこう使え!』(労働調査会)などがある。

向井 蘭(弁護士)

日本実業出版社
2021年6月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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