イノベーションプラットフォームと取引プラットフォームの違いとは――『プラットフォームビジネス』の着眼

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プラットフォームビジネス

『プラットフォームビジネス』

著者
A. クスマノ [著]/アナベル ガワー [著]/B ヨッフィー [著]/青島 矢一 [訳]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/経営
ISBN
9784641165687
発売日
2020/12/09
価格
2,750円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

イノベーションプラットフォームと取引プラットフォームの違いとは――『プラットフォームビジネス』の着眼

[レビュアー] 根来龍之(早稲田大学ビジネススクール教授)

 本書は、プラットフォームに関して、実務家が持つ疑問に広く答えようとするものである。しかし、研究者が書いた本としての性質もある。以下では、後者の研究者視点で本書の内容について議論したい。

本書の対象と独自性

 本書が対象にするのは、デジタル時代の「産業プラットフォーム」である。経営学では、プラットフォームには「製品プラットフォーム」という意味もある。これは、企業が、ゼロから個別に製品を開発するよりも効率的に、関連する製品「ファミリー」を構築するための共通部品やサブシステムを指している。自動車の車台(シャーシ)がその例だ。それに対して、産業プラットフォームは、同様に企業の内外で使われる共通機能を提供するものだが、他企業を巻き込む産業レベルで機能する点が製品プラットフォームと異なる。産業プラットフォームは「人々や組織を集め、プラットフォームでなければできないような方法でイノベーションや相互やりとりを可能」にする。具体的には、CPUチップ、ゲーム機、クラウドサービス、OS、アプリストア、マーケットプレイス、ライドシェア、民泊、SNSなどがその例となる。

 産業プラットフォームは、効用や価値がネットワーク効果をもっている点で従来の製品・サービスと異なる。本書が着目するのは、このネットワーク効果が、企業成長や社会にもたらす影響である。具体的には、「デジタルプラットフォームが、どのようにして、これほど大量の商品やサービス、そして、情報の流れをコントロールするようになったか」と「かつてない規模と範囲の経済性を享受するデジタル巨人たちの市場支配と成長には限界があるのか」について答えようとする。

 本書の独自性は、この産業プラットフォームを、イノベーションプラットフォームと取引(トランザクション)プラットフォームに分けて、データに基づいて議論を行うところにある。イノベーションプラットフォームとは「他企業が補完的イノベーションを生み出すための技術的基盤」であり、取引プラットフォームとは「ネットワーク効果の働く直接的な交換や取引の仲介者」のことである。上記した例では、CPUチップ、ゲーム機、クラウドサービス、OSなどは前者であり、アプリストア、マーケットプレイス、ライドシェア、民泊、SNSなどは後者だ。

イノベーションプラットフォームと取引プラットフォームの概念対比

 イノベーションプラットフォームは、その所有者やエコシステム内のパートナーが、新たな補完的製品やサービス(例:iTunesやNetflixで提供されるアプリやデジタルコンテンツ)を生み出すための共有基盤となるものであり、プラットフォームの魅力をさらに高めるような機能や資産へのアクセスを提供する。そのネットワーク効果は、補完財の数や補完財がもたらす効用の増大から生じる。一方、取引プラットフォームは、それを通じて、より多くの人々や機能、デジタルコンテンツやサービスが利用可能になることでネットワーク効果を発揮する。

 本書の著者であるクスマノとガワーは、2002年に『プラットフォーム・リーダーシップ』という本を出版している。この本で取り上げられたインテルのCPU、マイクロソフトのOS、シスコのルーター(ネットワーク機器)などは、実はイノベーションプラットフォームだったことになる(当時は、単にプラットフォームと記されていた)。この本は、アメリカで本格的にプラットフォーム製品・サービスを論じた最初の本であった。しかし、その後のアメリカでのプラットフォームの議論は、主流派となる2サイドプラットフォーム論の影響下にあり、取引プラットフォームとイノベーションプラットフォームを区別しない形で行われてきた。そこでは、例えば、プラットフォームは、「異なる2種類のユーザー・グループを結びつけ1つのネットワークを構築するような製品やサービス」(アイゼンマン他、2006年)と定義される。本書の立場は、後者の議論をより狭い対象範囲に適合的なものとして、取引プラットフォームという概念を設定し、クスマノとガワー(2002年)が論じたような対象をイノベーションプラットフォームとして対比させる。

 実は、類似の概念対比は奇しくも根来も行ってきたものである。『プラットフォームビジネスの最前線』(2013年)や『プラットフォームの教科書』(2017年)では、基盤型プラットフォームと媒介型プラットフォームという対概念が提案されている。ただし、定義と議論の内容は、本書と若干異なる。

本書の独自な調査と主張

 本書第1章の後半では、プラットフォーム企業と伝統的企業との20年(1995年~2015年)にわたる業績の比較が行われている。データ抽出は、研究的厳密さで行われる。まず、売上の20%以上が「ネットワーク効果があるビジネス」である企業をプラットフォーム企業と規定し、フォーブス・グローバル2000リストから、2015年時点で「新たなデジタルプラットフォームの礎を築いた」企業すべてを抽出する。この手続きで抽出されたプラットフォームは43社である。同時に、比較対象(コントロール群)として、抽出したプラットフォーム企業と同じ産業に属する伝統的企業が抽出される(100社)。その結果、以下がわかった。

 パソコンやインターネット、スマホなどのデジタルプラットフォームに関わる上場企業は、2000社のうち43社と比較的少ない(2015年時点)。つまりプラットフォームビジネスで成功した企業は意外に少ないことがわかった。また、これらの企業の売上規模はコントロール群と有意差がないことがわかった。これは、「常識」と異なる指摘である。

 一方、プラットフォーム企業は、平均従業員数がコントロール群のほぼ半分であり、営業利益と時価総額がはるかに大きい。また、プラットフォーム企業は、相対的に売上高R&D比率と売上高販管費比率が高く、売上げと時価総額の成長がより速い。さらに、プラットフォーム企業は、従来の上場企業と比べて生産性が高く(従業員1人当たりの売上げ)、収益性がはるかに高い。つまり、プラットフォーム企業の売上規模以外の業績は、一般に持たれているイメージ通り、伝統的な企業よりもかなり高いことがデータによって示されている。

 この傾向は、イノベーションプラットフォームと取引プラットフォームでは異なる。取引プラットフォーム企業と比べてイノベーションプラットフォーム企業は、売上げと従業員数の中央値が4倍から5倍大きく、時価総額の中央値は3倍高い。また、イノベーションプラットフォーム企業は、売上げに対して、販管費比率が相対的に少ない。一方、取引プラットフォーム企業は、売上げと時価総額の成長スピードが速く、売上げの割には高い株価で取引されている。

 プラットフォームビジネスは、補完業者(補完品)と利用者という2つの顧客グループ(サイド)を持つ。そして、成長のためのジレンマとして指摘されているのは、どちらのサイドから増やしていけばよいのかという「チキン・エッグ問題」だ。本書は、この問題について、イノベーションプラットフォームと取引プラットフォームでは解決方法が異なると主張する(第3章)。イノベーションプラットフォームでは、独自の補完製品・サービスを開発したり提供したりすること、無償もしくは安価なツールや技術支援を提供して補完業者によるイノベーションを促進することが、「チキン・エッグ問題」の解決策になる。一方、取引プラットフォームでは一方のサイドを選んで取引プラットフォームを作り上げ、十分にその市場サイドに人々を動員できたらもう一方の市場サイドに取り掛かり、両サイドを少しずつジグザクに育てていくこと、また最初は1つのサイドで完結する価値を提供することが解決策として示される。例えば、OpenTableというレストラン予約サービスは、最初にレストランと契約する際に、わずかな月額料金で、便利な機械化されたテーブル管理システムを提供した。これが、後者の「1つのサイドで完結する価値」の例である。

成功したプラットフォームの責任

 本書の第6章と第7章では、主に「デジタル巨人たちの市場支配と成長に限界があるのか」が議論される。まず、成功を継続するためには、イノベーションプラットフォームと取引プラットフォームのハイブリッドを追求することが必要だと指摘する。例えば、グーグル社とアップル社は、それぞれOSとアプリストアを組み合わせ、フェイスブック社は同社のサービスの上で提供するアプリ開発のためのプラットフォーム(Facebook for Developers)とC2Cのコミュニケーションの場を組み合わせ、アマゾン社はクラウドのインフラサービスであるAWSとそれを基盤とするマーケットプレイスを持ち、マイクロソフト社はAWSと競争関係にあるAzureとアプリストア(Windows Store)を持つ。

 また、本書ではプラットフォーム企業の「一人勝ち」傾向(第2章で詳述)がもたらす弊害に自ら対応していく必要も示唆される。本来、プラットフォーム企業のビジネスはイノベーション基盤であったり、取引や仲介の場であったりするのみであり、補完製品、取引や仲介の対象製品や仲介した情報自身に提供者として責任を持つビジネスではない。しかし、プラットフォーム企業の一人勝ち(市場支配)は、責任を生む。プラットフォーム企業は、「自社はメディア企業ではないのだから、メディア規制は自社の運営とは関係ない(Facebook)」、「自社は輸送サービス業ではないのだから、タクシー会社のように規制されるべきではない(Uber)」などと主張してきたが、これらの主張は社会や政府から批判を受けることになる。Facebookは、そこで流通する投稿の内容について、責任を完全に免除されるわけではないし、Uberは雇用責任を免れるわけではないという批判である。プラットフォームは、オープン性(誰でも参加できる)と信頼性(補完業者や流れる情報に対する責任)のジレンマに対処する必要があるのだ。その結果、成功したプラットフォームは、自己規制とキュレーション(内容の鑑定)に関与しなければならないと主張する。

研究者から見た本書の課題

 本書は、一般向けの本として、対象を広くとり、トピカルな問題に広く答えようとする。しかし、その結果、本書の独自な着眼であるイノベーションプラットフォームと取引プラットフォームの違いが、全ての章で明確には議論の対象になっていない。例えば、一人勝ちのメカニズムや自主規制のあり方についての議論では、プラットフォームのタイプによる違いは述べられていない。あえて、研究者として本書の課題を言うならば、このタイプの違いが、全ての章の議論において追求されているならば、さらに独自な本になったと思う。しかしこれは、本書は研究者だけでなく、広く実務家の疑問に答えようとしているが故の結果であろう。

有斐閣 書斎の窓
2021年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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