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恐怖と戦慄が襲う令和に生まれた伝奇ホラーの傑作
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
欧米では怪談は冬の炉ばたのお楽しみだが、日本ではやはり夏―七月も半ばを過ぎてこうもむし暑くなってくると、良質の怪談、もしくは怪奇小説で涼をとりたくなってくる。
そんなとき、本邦の最新の成果を知りたければ、東雅夫編『平成怪奇小説傑作集』全三巻(創元推理文庫)にしくはない。読者はこのアンソロジーを読むにつけ、平成という時代が怪異という名の物語と斬り結ぶ瞬間に生み落とした異形の哀しみに触れ、慄然とするに違いない。
そして平成の世に息づく怪異の鉱脈は、令和の御世に至って、濃密な伝奇ホラーの一大傑作を顕現せしめた。それが田中啓文の『件もの言う牛』である。件とは、牛から生まれ、人語で予言をしてたちどころに死ぬといわれている予言獣のこと。
物語は、奈良の葛城山で起こった登山客の怪死事件に端を発し、牛のマークをつけた教団みさき教の跳梁、そのみさき教が古えよりかかわってきた日本政治の闇というように、読者をして無我夢中でページを繰らせずにはおかない。しかし、そうした興奮は、次第次第に恐怖と戦慄となって読者を襲いはじめる。
件の誕生を目撃したばっかりに命を狙われることになった大学生・美波大輔は、ふとしたことから、自分と同じようにみさき教と戦うはめになった人々とチームを組み、やがて件の正体に迫ってゆく。
特筆すべきは、作者の緩急自在の筆致である。クライマックスへ怒涛の如く繰り出される恐怖のカウンターパンチは、国会議事堂の地下に展開する地獄絵図と、その地上への召喚まで息つく暇も与えない。
そして、いまや件をテーマとした古典的名作といえば、小松左京の短篇「くだんのはは」(ハルキ文庫『くだんのはは』所収)であろう。こちらは小松左京の短篇中、一、二を争う傑作であり、日本の怪談史の中でも最高の地位を要求し得る作品である。
さて、これだけ名作・力作が揃えば、少しは暑さを忘れることができるか知らん。恐怖を愉しまれよ。