「家族愛」の糖衣でくるんだ新手のビジネス本

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母ちゃんのフラフープ

『母ちゃんのフラフープ』

著者
田村淳 [著]
出版社
ブックマン社
ISBN
9784893089427
発売日
2021/05/31
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

「家族愛」の糖衣でくるんだ新手のビジネス本

[レビュアー] 今井舞(コラムニスト)

 親とは二回、別れがある。一度目は子供が実家を出ていくとき。二度目は親がこの世から出ていくとき。

 こんな序文で始まり、冒頭、ガン末期の母親との最後のやりとりが綴られて、読めば思わず切なくなる。ああこれは。リリー・フランキーの『東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン~』以降確立された、「オカンもの」ジャンルだな。そう思って読み進めたら、ラスト「そうくるか」という著者らしさの発露に、大いに膝を打たせてもらった。

 山口県下関市の小島に生まれ、狭い社宅でやんちゃに過ごした子供時代。バスケ漬けの中学時代。芸能界に憧れ、上京したい気持ちを抑え渋々通った高校時代。「人に迷惑だけはかけるな」が信条で、そこに抵触しなければ、大らかにユーモラスに著者を見守った母。頁のほとんどは、ノスタルジー必至の肝っ玉母ちゃん&俺物語。やがて芸人として売れ、結婚し子供が生まれ。著者の幸せを喜ぶ母にガンが見つかる。看護師だった経験から、延命治療を拒否。明るく振舞う母であったが……。最後、冒頭で描かれたシーンに繋がる。

 通常の「オカンもの」であればここで涙の大団円。だが、本書はここからが「本編」なのだ。母が亡くなる前から、芸能活動とは別に、「遺書」を動画で伝えるサービスのプロデュース業を始めていたという著者。本書のタイトルも、プロジェクトに協力した母が送って来た、病身でフラフープを回す謎の動画が由来だそうで。うーん。今の時代、故人の動画なんかいくらでも残っているし、動画で遺志を伝える人も既にいるはず。他者が介在せずとも可能なことを、「プロデュース」と銘打ち、あたかも画期的な新事業のようにエクステリア。巻末には、「死者との対話」をテーマに書き上げた自身の修士論文も添付し、着想の正統性に加え「慶應義塾大学大学院修了」まで織り込んでくる。キングコングの西野亮廣やホリエモンほどの生臭さは検知されないものの、大衆にバレない塩梅でのそろばん勘定の上手さにおいて、著者の右に出る者はいないだろう。

 しっかりした息子さんで安心ですね。お母さん、ゆっくり休んで下さいね。

新潮社 週刊新潮
2021年7月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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