派手さはないが胸を打つ芥川賞候補作の人生ドラマ

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芥川賞候補傑作選 平成編② 1995-2002

『芥川賞候補傑作選 平成編② 1995-2002』

著者
鵜飼哲夫 [編集]
出版社
春陽堂書店
ジャンル
歴史・地理/歴史総記
ISBN
9784394190073
発売日
2021/05/13
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

派手さはないが胸を打つ芥川賞候補作の人生ドラマ

[レビュアー] 伊藤氏貴(明治大学文学部准教授、文芸評論家)

 石川達三、外村繁、高見順、衣巻省三と並べて、これが何を意味するかがすぐにピンと来た読者は、研究者並みの文学通だろう。第一回芥川賞の選考会で、評価の高かった順である。受賞者は石川だったが、実は右に挙げた四人の下に太宰治が来る。芥川賞は、実にその始まりから落選の中にも原石を残す賞だった。

 近年も、山田詠美や島田雅彦など、自らは落選しながらものちに芥川賞選考委員になる者もあり、落選作にも佳作はたくさんある。ただ、毎回の騒ぎからわかるとおり、当落の間には雲泥の差があり、せっかくの佳品も埋もれたままになりがちだ。

 それを掘り起こすべく、鵜飼哲夫が編んできたのが『芥川賞候補傑作選』で、今回の「平成編(2)」で三冊目。中村邦生、リービ英雄、伊達一行、辻章、大塚銀悦、赤坂真理、佐藤洋二郎、湯本香樹実による八作を収める。リービ「天安門」や赤坂「ヴァイブレータ」などはそれなりに読まれてきたと思っていたので、本書が「文庫などで今日でも手に入る」作品は除外する編集方針だと聞いて愕然とした。それほどまでに落選作には厳しい出版事情ということか。

 あらためて読み直してみたが、中村「森への招待」、辻「青山」、佐藤「猫の喪中」など、派手さはないものの、しみじみと胸を打つ。

 辻章など、知る人ぞ知る作家だろうが、若くして『群像』の編集長を務め、中上健次の担当もしていた。それが四十歳を前にして講談社を退社し、創作に打ち込む。「青山」は、妻が去った後、障碍を持つ息子との二人の生活を描いたものだ。大江健三郎にも通ずるテーマだが、こちらはあくまでリアリズムに徹し、その地味さで割りを食ってしまっているのだろう。他ではもう読めない。

 長く続くコロナ禍でパッと明るくなるような話に惹かれるかもしれないが、むしろ人生というものを感じさせるこうした作品たちに触れるのもよいのではないだろうか。

新潮社 週刊新潮
2021年7月29日風待月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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