独創的な時間旅行もの 今年の翻訳SF長編ベスト1候補

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  • 夏への扉〔新版〕
  • 時の他に敵なし
  • 時間旅行者のキャンディボックス

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独創的な時間旅行もの 今年の翻訳SF長編ベスト1候補

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 今年6月、日本のSF読者にとっては盲亀の浮木かうどんげの花かという椿事が起きた。ハインラインの古典『夏への扉』(ハヤカワ文庫SF)が三木孝浩監督・山崎賢人主演で映画化。しかも、ケン・リュウの短編を原作とする『Arcアーク』(石川慶監督・芳根京子主演)と同日公開されたのである。

 猫SFの古典として名高い『夏への扉』は、とりわけ日本で愛されているタイムトラベルロマンスだが、現代の目で見るとジェンダー的にいろいろ問題が多いのも事実。映画版はその辺をなんとか修正しようと奮闘しているので、原作と並べて見るとさらに面白い。

 タイムトラベルロマンスと言えば、この5月末には、マイクル・ビショップの幻の名作『時の他に敵なし』が、原書刊行から40年近くを経てついに邦訳された。こちらの時間旅行はずいぶん風変わりで、旅行先の過去は、時間線から独立した一種の複製。現在とつながっていないおかげで、自由に実地調査できる。主人公の黒人青年ジョシュアは夢の中でくりかえし石器時代に時間遡行する特異体質の持ち主。世界的に有名な古人類学者に見込まれ、アフリカ某国が莫大な予算を投入したプロジェクトの被験者となるが……。物語の軸は200万年前の化石人類女性との恋(?)。時系列をバラバラにした技巧的な語りがタイムトラベルと融合し、独創的な世界をつくりあげる。今年の翻訳SF長編ベスト1を争う、掛け値なしの傑作だ。

 一方、昨年邦訳が出たケイト・マスカレナス『時間旅行者のキャンディボックス』(創元SF文庫)は、女性航時者と航時組織の相克を描く、最新モードのタイムトラベルSF(原書2018年刊)。1967年の英国で4人の女性科学者がタイムマシン開発に成功し、その後300年先までの時間旅行が実用化された――という設定で、硬直した時間管理組織に叛旗を翻す人々のドラマをはさみつつ、密室で発見された身元不明の銃殺死体をめぐるフーダニット+ハウダニットが焦点になる。特殊設定本格ミステリとしても面白い1冊。

新潮社 週刊新潮
2021年7月29日風待月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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