『ブラック・チェンバー・ミュージック』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
ブラック・チェンバー・ミュージック 阿部和重著
[レビュアー] 重里徹也(聖徳大特任教授・文芸評論家)
◆国家機密巡るスリルと愛と
小説を読んでいるとさえない男性主人公によく出会う。臆病だったり、腕力が強くなかったり、金がなかったり。ところが、付き合っているうちに、ついつい彼の味方をしてしまう。実はけっこういいヤツだったり、自分のモラルを持っていたりするからだ。
この長編小説の主人公もそんなタイプの男だ。年齢は三十代の後半。映画監督を志して若いころから苦労し、二年半前に念願の初監督作品が完成したが、大麻取締法違反で逮捕されてしまった。映画はお蔵入りになり、キャリアはふいになり、多額の借金を背負い、現在は執行猶予中だ。
旧知の新潟の暴力団会長が突然、訪ねてきたことから物語が動きだす。暴力団会長が百万円の報酬を条件にした依頼は、ある映画評論が掲載された雑誌を探し出せというものだった。北朝鮮の軍か党の幹部が必死で探しているという。ヤクザは密入国したという長身の女性を連れていて、彼女もその組織から派遣されたらしい。主人公はこの女性と組んで、雑誌探しに奔走することになる。秘密厳守で、三日間という期限付きだ。
雑誌は国立国会図書館の蔵書検索ではヒットしない。知り合いの編集者や紹介された映画評論家に会い、神田神保町の古書店で懸命に探すことになる。この過程でさまざまな人間模様が楽しめるが、そのうち暴力団抗争に巻き込まれ、主人公は危機に陥る。
スリルとサスペンスに富んだ国際謀略小説といえるか。黒い服が似合う北朝鮮からの謎めいた密使と主人公の間には淡い恋愛感情が生まれる。少しだけ交わされる会話から、彼女の真情がじわじわと伝わってくる。
物語がうねるのを楽しみながら、私たちはふと、考えることになる。北朝鮮とは何なのか。日本人はどのように向き合えばいいのか。国家とは何か。国家と人々の幸せはどう関係しているのか。
「ブラック・チェンバー」とは外交や軍事の秘密情報部のこと。物語は深刻な内容にもかかわらず、ユーモアを含んで軽快で、音楽を聴くように楽しめる。
(毎日新聞出版・2200円)
1968年生まれ。作家。著書『グランド・フィナーレ』『オーガ(ニ)ズム』など。
◆もう1冊
村上龍著『半島を出よ』(上)(下)(幻冬舎文庫)。北朝鮮を別の視点から。