マンガ的にエスカレートする展開が現実と重なる皮肉

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マンガ的にエスカレートする展開が現実と重なる皮肉

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 連載開始から26年。異形の大作がついに完結した。3巻合計1848頁。第1巻『赤気篇』は1997年に刊行済みだが、完結にあたり全面改稿のうえ、『黄禍篇』『青嵐篇』と同時刊行。3冊で1万2100円の通常版に加えて、各種特典つきの300部限定函入り特装版3万3000円も出ている(ともに税込)。

 ざっくり言うと、中身は終末伝奇SFロマン。半村良『石の血脈』や高橋克彦『総門谷』の流れを汲み、オカルトUFOスピリチュアル全部盛りで世紀末日本を爆走する。

 人喰い豹から始まり、航空機事故、連続爆弾事件と騒動はどんどん拡大、大量投入されるネタとともに物語は果てしなく錯綜していく。戸来村、神代文字、竹内文献、東日流外三郡誌、福来友吉、日猶同祖論、酒井勝軍、フリーメーソン、シオンの議定書……。数ページにわたり蘊蓄を垂れる人物が次々出てくる情報洪水。『黄禍篇』に入ると、高齢者を狙い撃ちする謎の突然死ウイルスが蔓延。老人の延命治療を否定する〈ウバステリズム〉が広がり始める。超能力少年の集団〈ミュータイプ〉と、事件の背後で暗躍する〈PE〉グループ。やがて集中豪雨が東京を襲い、下町は水没の危機にさらされる……。

 マンガ的にエスカレートする物語を読み進むうち、奇妙な既視感が芽生える。この状況は、毎日のように豪雨被害が報道され、コロナ禍の緊急事態宣言中に五輪が開催された2021年夏の日本そっくりではないか。小説が今を予言していたというより、今の現実もフィクションのひとつで、自分自身が物語の登場人物になったような気がしてくる。

 現実がフィクションを模倣したようなオウム真理教事件に触発されて本書が出発したことを思えば、2021年の現実が本書を模倣しても不思議はない。その意味で、本書を読むことは、なぜ私たちはこんな現実に生きているのか、その謎を理解する一助になるかもしれない。

新潮社 週刊新潮
2021年9月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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