カウンセラー、手話通訳士、検察官…知られざる職務の担い手が事件の真実を導く3作品

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[本の森 仕事・人生]『アフター・サイレンス』本多孝好/『わたしのいないテーブルで デフ・ヴォイス』丸山正樹/『転がる検事に苔むさず』直島翔

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

 連作短編の名手として知られる本多孝好『アフター・サイレンス』(集英社)は、刑事事件の被害者やその家族と面談するカウンセラー・高階唯子が主人公だ。彼女の仕事はクライエントが胸に秘めた思いの「傾聴者」となり、「語るべき言葉」を引き出すことで回復の礎を作ること。全五編中の白眉は、第四編「迷い子の足跡」だ。未成年誘拐の被害者である高校生の少女が警察に語った犯人像は、信憑性に欠けるものだった。存在の尻尾すら掴めない、いわば「幻の男」だったのだ。唯子は、実母も含めた他の大人たちがみな疑う証言を信じ、少女の人間性を深く理解することで事件の真相に近付いていく。記憶とは、唯一絶対のものではない。自他の心理の介入によって、たやすく書き換えられてしまう。だから傷付きもするが、だからこそ救われることもある。ミステリとしては座り心地の悪い結末となっているが、そこにメッセージが宿る。

 丸山正樹の人気シリーズ「デフ・ヴォイス」は、手話通訳士として時に法廷に立つ荒井尚人を主人公に据える。第四作『わたしのいないテーブルで デフ・ヴォイス』(東京創元社)は、コロナ禍に突入した二〇二〇年の春から始まる物語。女性ろう者が口論のすえに、実母を包丁で刺した。被告人は、警察にも弁護人にも動機は語らず黙秘を貫いている。〈まず必要なのは、彼女に「話をしてもらう」ことなんです〉。支援団体から通訳の依頼を受けた荒井は、コーダ(=ろう者の親を持つ聴者)でありろう者の子供を持つ親であるという視点から、被告人の心の扉を開くパスワードを探り当てる。手話通訳士としての能力だけでなく、自分とは異なる立場や状況で生きる他者への想像力が、公正な裁判を導いたのだ。

 第三回警察小説大賞を受賞した直島翔のデビュー作『転がる検事に苔むさず』(小学館)は、東京地検浅草分室勤務の検事・久我周平の物語。高架下で発見された遺体をきっかけに、次々と連鎖する事件に巻き込まれていく。捜査の面では、検事にできることなど限られている。だが――「検察官にしかできない任意聴取をしてみようと思う」。検察官は、警察官と異なり、裁判所に起訴する権限を持つ。「あなたがここで話す一言一句が法廷に直結する場合がある。嘘をつけば、それなりの報いが返ってくると覚悟してください」。相手にそうプレッシャーをかけることで、警察の取調べでは誤魔化せた真実を引き出してみせるのだ。実は、久我の最大の長所は「取調べ」の能力だ。その長所が、殺人事件とは直接関係ないサブストーリーの「謎と解決」をも導く組み立てが巧い。

 刑事事件において、容疑者や被害者および事件関係者から話を聞き、真実を導く役を担うのは、警察官だけではない。その知られざる職務の担い手に注目することで、三者三様、新たな物語が生まれた。

新潮社 小説新潮
2021年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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