つげ義春に憧れて。自撮りと温泉めぐりで昭和の魅力を具現化する作家たち(前編)

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温泉本作家の岩本薫さんと写真家マキエマキさん。

昭和B級世界をこよなく愛すふたりが、気になるものや懐かしむものを縦横無尽に語り合いました。

(この記事は2021年8月13日に本屋B&Bで行われたイベントをまとめたものです)


昭和B級世界をテーマに作品をつくる写真家のマキエマキさん

岩本「50歳過ぎてこの変化ってなんだよ、と思いますね」
マキエ「もうこの先長くないからどうでもいいやって」

岩本:
本当にお会いしたかったです。

マキエ:
私もです。岩本さんの『ヘンな名湯』を拝見してから、この人は一体どういう人だろう? と思っていたので。

岩本:
僕はマキエさんのことを、都築響一さんのメルマガで知ったんですよ。なんだこの人は、と思って。何か同じものを感じて、いつかコラボレーションしたいなと。で、Facebookで友達申請させてもらって。今日こうしてご一緒できることになってうれしいです。

簡単に自己紹介しましょうか。僕は温泉好きで、ブログで情報発信しているうちにテレビやラジオで呼ばれるようになって、本も書くようになって、今に至る感じですね。50歳過ぎてこの変化ってなんだよ、と思いますね。

マキエ:
私も50歳過ぎてからのこの変化なので、何か共通するものがあるかもしれないですね。

岩本:
50歳って変化する歳なんですかね。

マキエ:
どうですかね。更年期とか関係あるのかな。

岩本:
もういいやって。

マキエ:
そうなんですよ。人生の先が見えてきて、もうこの先長くないからどうでもいいや、みたいな。

岩本:
先が見えるって感覚、僕もよく分かります。あと何年かかるか考えて、これはちょっとできないから諦めよう、とかありますもんね。

マキエ:
30~40代って、体が元気なのもあって、まだこんなことしたい、あんなことしたい、というのがあるけど、50になると「もうできない!」ってぷつっとなるんですよ。

岩本:
わかるわかる、分かります。

マキエ:
今までやってきた仕事も、これ、この先やっててどうなるのかな? とか思いまして。色々プチンと切れて今の状態になっているのが私なんですけど。

岩本:
僕も温泉のことで色々呼ばれるようになったけど、なぜ呼ばれるかというと、温泉の好みが偏っているから。『ひなびた温泉パラダイス』『ヘンな名湯』『もっとヘンな名湯』『日本百ひな泉』って、一貫してひなびた温泉しか紹介していない。それしか興味ないんですよ。たとえば、◯◯◯リゾートみたいなおしゃれでラグジュアリーな温泉ってあるじゃないですか。ああいうのには1ミリも興味がわかないわけで。

マキエ:
わかります。私もケッと思うんですよ。そういうのはクソですよ。

※あくまでも個人の感想です

岩本:
我々が興味が湧くのは、それとは真逆の温泉ですよね。

マキエ「50歳のときに、ホタテビキニを着た写真を突然撮ったんです」
岩本「よかったじゃないですか。で、いいんですよね?」

岩本:
有名だからみんな知ってると思うけど、マキエさんもぜひ自己紹介を。

マキエ:
私は、今は「自撮り熟女」っていうキャッチフレーズを外しちゃったので何と説明していいのか迷いますが、50歳までは商業カメラマンという堅めの仕事をしてきたんですね。分かりやすいのは自衛隊の広報紙とか、企業のPR素材撮影とか。撮影は必ず襟付きのシャツを着て、みたいな仕事をしてたんですけど、なんか50歳のときにそれがふっと切れて、ホタテビキニを着た写真を突然撮ったんです。

岩本:
武田久美子のね。いきなりホタテビキニはすごいなぁ。

マキエ:
あれは女の夢だ、と思って。死ぬまでにやっておかなきゃと。そしたら、それを都築さんがご覧になって。

岩本:
あれはノリでやったようなものだったんですか?

マキエ:
ノリというよりは、計画的にやったものでした。

岩本:
あれがウケてマキエマキがはじまった、みたいな感じですよね。

マキエ:
そうなんですよ。あんなにウケるとは思ってなかったんですよ。最初は実名を出していたので、仕事先の相手が私の名前を検索するとボンッとホタテビキニの写真が出てくる。そのおかげで仕事がポロポロなくなっていくわけですね。で、2年くらいこういうことをやってるうちにすっかり仕事がなくなったので、今はマキエマキでなんとか稼ごうと。


商業カメラマンから自分の好きな世界を追求する写真家へ転身を遂げたマキエさん

岩本:
よかったじゃないですか。で、いいんですよね?

マキエ:
よかったと思ってます。正直、商業カメラマンを続けるという未来はまったく見えていなかったので。それに比べたらホタテビキニのほうがいいかなって。私のロケ地って、どぐされたところが多くて、もともとそういうのが好きだったので、そういうところを回ってそれが実になっていったなら、こんなに幸せなことはないなと。

岩本:
素晴らしいです。普通、ならないです。普通は、武田久美子やって新しい道なんてはじまらないですよ。

岩本「ひなびた場所に漂う空気は、アロマなんですよ」

岩本:
このトークは『日本百ひな泉』の出版記念イベントということで、本の話も少しさせてもらいますね。

この本は、僕みたいにひなびた温泉しか興味のない人が集まった「ひなびた温泉研究所」という組織があって、会員が今330人ほどいるのですが、そのメンバーみんなでつくったんですね。

彼らはもともと、僕が個人でやっていたブログを見て、「私も研究所に入りたいんですけど…」と集まってきたメンバーで。組織化がはじまってすぐコロナになってしまったので、みんなで集まってオフ会とかできないし、どうしようかと思って。

せっかくこれだけ温泉好きが集まったんだから、何かみんなでやりたいな。だったら、百名山みたいに温泉のランキングを決めて盛りあがろう! と。投票はAKB総選挙のようにネット選挙で選んで。そうしたら出版社も乗っかって本を出してくれるということになって。

今まで、温泉ガイドを見ても、ケッと思うような温泉ばかりであまり参考にならなかったのですが、これは全部マニアックだから。

マキエ:
私もこれは予約して買って、これを見て行った温泉も既にあります。温泉の方が、「この本に載ってからすごくお客さんが来て」って仰ってました。

岩本:
ひなびた温泉ってどんどん廃業していくじゃないですか。そもそもこの本を出したいと思ったきっかけがあって、それが箱根の共同浴場だったんです。経営されていた方から「もう廃業しちゃいそう」と連絡がきて、何かできないかなと思って署名を集めて、町長に会いにいったんです。でも、結局何もできず廃業してしまいました。

自分の好きな温泉が潰れていくのは悲しいから、何かできないかな。そう思ったときに、吉田類さんが大衆居酒屋を世に紹介してブームを起こしたことを思い出したんです。だったら自分はひなびた温泉の文化を伝えていこうって。その第1弾のプロジェクトがこの1冊です。今、第2弾も考えています。

マキエさんは、もともと温泉が好きなんですか?

マキエ:
私は、温泉というよりひなびた場所が好きなんです。そのなかで、温泉というのは、長時間そこに滞在して楽しめるじゃないですか。やさぐれた商店街で留まり続けるわけにはいかないので。だから、そこで泊まってゆっくりひなびた空気を一昼夜楽しめるということで、ひなびた温泉が大好きなんですよ。

岩本:
やっぱり空気なんですね。

マキエ:
空気です。

岩本:
あの空気はアロマなんですよ。

マキエ:
まさに。そうなんです。

おでん鍋みたいな湯船、桃源郷のような休憩所…「ひなびた温泉」ワールドへようこそ!

岩本:
ちょっと温泉を紹介します。

ここは静岡にある温泉で、地元のタクシー運転手さんでも知らないようなところ。ここなんですよ、僕がひなびた温泉にハマったきっかけは。

僕は広告業界にずっといるので、取材で地方に行くことがあるんです。取材が終わると時間が空くので、地元の人におすすめを聞いてそこに行ったりするんです。そうすると、100円の共同浴場とかで。でも行ってみると、お湯もすごく良い。出張に行くと必ず地元の人が行くような温泉に立ち寄るようになりました。


静岡県 平山温泉「龍泉荘」

ここは沸かし湯で、加温した掛け流しです。なんか、静岡おでんのおでん鍋みたいですよね。湯はすごく良くて、僕のベスト30に入ります。

あと、ここには休憩所があるんですよ。そこで、お茶農家の方たちが仕事終わりに集まってどんちゃん騒ぎをしていたんです。いいなぁ、と思いました。小津安二郎の映画の同窓会のシーンで親父が飲んでいるような雰囲気で。今すぐこの騒ぎに混じりたい! っていう。桃源郷のような世界でした。ここあたりからですね、ひなびた温泉が好きになったのは。

マキエ:
小津みたいな感じって、分かります。ぼんやりと、この桃源郷みたいな感じはなんだろう、とずっと思っていたのですが、小津だったんですね。

岩本:
小津さんの映画って、ストーリーはあってないようなものじゃないですか。あれは雰囲気を撮っているんですよね。温泉に入るように、じわっと感じるもの。

この温泉は、大分県の鉄輪温泉にある「谷の湯」です。大分は温泉が有名で、観光向けもあるけど、地元の人のお湯もあるんですよ。


大分県 鉄輪温泉「谷の湯」

アパートみたいでしょ。「特捜最前線」の刑事が張り込んで鉄の階段を上がっていくシーンみたいな。でも、温泉なんですよ。

写真家の藤原新也さんは、鉄輪温泉で育ったんですよね。で、この谷の湯で、旅回りの芸人に説教されたの。藤原さんは当時高校生で人生に迷っていて、旅芸人の自由さに憧れて。刺青を見せながら体を洗っている旅芸人に「旅芸人になりたい」と言ったら、「これからは学問の時代だ」って怒られて。これは温泉のハードボイルドですよね。

ちなみに、『日本百ひな泉』で1位になったのは、島根の温泉です。僕もここを知ったのは数年前で、最近まで一般の人は入れなかったそうです。


島根県 千原温泉「千原湯谷」

ここは、山を越えると広島という立地で、第二次世界大戦で被曝された方もここに湯治に来ていたそうです。

最寄りの鉄道は廃線になっているので、僕はタクシーで行きました。運転手さんから聞いたのですが、地元の人はこの温泉のお湯を一升瓶に入れて常備して、傷薬として使っているらしいです。殺菌力とかがあるみたいで。

初めて入ったとき、温泉だけど、それ以上のありがたい液体に浸かってるみたいな気分になりました。入ると、やっぱり違うんですよ。ぞわぞわっときて、これ、効くやつだって分かるんです。

ここは、「足元湧出」といって、温泉が湧いてるところに湯船をつくっているんです。温泉は酸素に触れると鮮度が落ちてくるのですが、ここは酸素に触れないまま入ってくるから新鮮なんです。

これが1位に選ばれる本ですよ。マキエさんの好きそうなやさぐれた場所も載っているので、ロケ地ガイドとして愛用してもらえたら嬉しい限りです。

マキエ「どぐされたところが好きなのは、つげ義春さんの影響だと思います」

マキエ:
この本の中のいくつかは、すでに行っています。私が初めて自分のお金を出していった温泉は、千葉の曽呂温泉でした。もうないんですけど。18歳のとき。

岩本:
おばあちゃんがやってる、黒湯ですよね。

マキエ:
その頃、ネット予約もなかったので電話で予約して行って。そうしたら、黒湯も素晴らしいし、おこたとみかん、みたいな雰囲気も良くて、そこに座っていたら涙が出そうになって。その後、時代がバブルになって、今の私がクソだと思うような温泉に行くようになって。でも一周してこういう世界に帰ってくると、これじゃなきゃ、って思うんですよね。

岩本:
曽呂温泉に僕が初めていったときも、やっぱり感動しました。僕は漫画家のつげ義春が好きなのですが、まさにそんな世界だなって。

僕とつげさんの出会いは小学5年生のときで、ちょっと早かったのですが。兄の本棚にあったのを引っぱり出して「ねじ式」とか読んで。他の漫画もたくさん読んでいましたが、つげさんの世界は次元が違う。やばいなこれ、生々しいなって。

マキエ:
私も、岩本さんと非常に似たシチュエーションですが、中学2年生くらいのときに姉の本棚から「ねじ式」を見つけて読みはじめました。どぐされたところが好きなのは、つげさんの影響があると思います。

(ふたりのトークは後編に続きます)

岩本薫(いわもと・かおる)
1963年東京生まれ。本業のコピーライターのかたわら、webマガジン「ひなびた温泉研究所」を運営。日本全国のひなびた温泉を取材し、執筆活動をしている。著書に、「ヘンな名湯」「もっとヘンな名湯」(いずれも、みらいパブリッシング)、「ひなびた温泉パラダイス」 「戦後期武将が愛した名湯・秘湯」がある。

マキエマキ(まきえ・まき)
1966年大阪生まれ。93年よりフリーランスの商業カメラマンとして雑誌、広告などでの活動を始める。2015年に「愛とエロス」をテーマにしたグループ展に出展し、以後、「人妻熟女自撮り写真家」として発表を続けている。『第5回東京女子エロ画祭グランプリ』受賞。写真集『マキエマキ』(集英社インターナショナル)、『マキエマキ2nd「似非」』(産学社)を刊行。https://www.makiemaki.com

企画・会場:本屋 B&B/構成:笠原名々子

みらいパブリッシング
2021年9月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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