温泉本作家の岩本薫さんと写真家マキエマキさん。
昭和B級世界をこよなく愛すふたりが、気になるものや懐かしむものを縦横無尽に語り合いました。
(前編はこちらから)
岩本「将来、木村伊兵衛写真賞をとれるんじゃないの?」
マキエ「いじられるのは嫌なのでテレビは断ってます」
岩本:
僕はマキエさんのこの作品のシリーズを見ながら、この人なんだろうって。見よう見まねでつくれる世界じゃないですよね。これをずっとやっていたら木村伊兵衛写真賞とかとってしまうんじゃないの?
マキエ:
うれしいです。賞、欲しいですね。世間ではそう思っていただけない人が多いですけど。
岩本:
マツコ・デラックスさんの「アウト×デラックス」に出ていましたけど、テレビにもけっこう出ているんですか?
マキエ:
いえ。オファーが来たことはあるのですが、お笑いとして捉えられてしまって。それは、私として本意じゃないので。
岩本:
僕もテレビに呼ばれると、いじられながら笑いの方向へもっていかれる。ふつうは温泉ライターとかは専門家としての真面目なアドバイスを求められるんですけど、そういうのは誰も求めてこない。
マキエ:
いじられたくないんですよ。オファーが来たときに、台本を見るといじっているから、それはちょっと本意じゃないなって。私ではこの企画でお役に立てないと思いますって断っています。
岩本「ジョギングしてたら偶然この団地を見つけて、気絶しそうになりました」
岩本:
ここからは、昭和な場所について色々マキエさんに聞いてみたいと思います。僕自身は、団地で育った団地っ子なんですよ。これは団地の庭で撮った写真です。団地は、日本の有名な建築家がドイツの集合住宅やバウハウスを視察してつくったから、和洋折衷のデザインで、最初は憧れのライフスタイルという感じでしたよね。
マキエ:
「団地妻」というのもそういうところから来ているんですかね。
岩本:
団地のステータスは、最初は高かったけどみるみる落ちて。高島平の団地を見に行ったのですが、やさぐれ感がありましたね。団地妻は、団地がやさぐれはじめたところに出てきた女神という感じですよね。
ここは、阿佐ヶ谷住宅という伝説の団地です。僕は近所に住んでいたので、ジョギングしてたらたまたま見つけたのですが、生粋の団地っ子の僕が気絶しそうな風景が広がっていて。これはモノクロだな、と思ってモノクロで撮りました。これがだいたい20年前です。
2階建ての長屋なんですよ。当時、テラスハウスといってお洒落な感じ。僕、まさにこういうところに住んでいました。2階の庇をつたって友達が遊びに来たりとかしていましたね。
団地は、自然と人間のコミュニケーションが生まれるような場所を目指してつくられているんですよね。下町の住宅みたいな。だから、同じ集合住宅でもマンションとは違うんです。
じいちゃんが自宅につくった手づくり温泉、ヒグマの肉とマムシ酒でもてなす北海道の秘境温泉…やっぱり「ひなびた温泉」はヤバすぎる
岩本:
昭和ってそういうところがあって、今は失われてしまっているので、ある意味つまらないですよね。
ここで、またちょっといくつか温泉を紹介します。ここは、千葉の正木温泉というところです。普通の民家のようですよね。
さらに奥に行くと、大音量でテレビが流れてる音が聞こえるんです。「すみませーん!」と呼ぶと、猫が出てくるんですよ。で、また「すみませーん!」と呼ぶと、また違う猫が出てくる。ここ、そういうシステムなの? と思いました。
仕方なく猫ちゃんのところまで上がり込んでみると、ようやくおじいちゃんが出てきて。
ここ、1人のおじいちゃんが手づくりでつくった温泉なんです。毎日、源泉が湧いているところから温泉を汲んでくるんです。
浴場は、ガラスではなく傷だらけのアクリル板が使われていたり、色々な張り紙が貼ってあったりで、手づくり感が本当にすごいの。
お湯に浸かってると、依然としてテレビの大音量が壁を突き抜けて入ってくる。「NHKのど自慢」がガンガン流れてくるの。
ここは僕にとって忘れられない場所ですね。じいちゃん手づくりのくしゃくしゃの紙のパンフレットも良かったな。残念ながら廃業してしまったけど。
これは『日本百ひな泉』で10位だった北海道の温泉です。
ここのおじいちゃん、飯食ってると乱入してくるんですよ。夕飯が終わると、ビール瓶を持ってきてどかっと置いて、3分の1しか聞き取れないような方言交じりの言葉で語りかけてくる。
「食ってみ」と変な肉を持ってきたので食べてみると、ものすごく硬い。聞いてみると、昨日仕留めたヒグマを塩胡椒で焼いた肉だって。
次に持ってきたのは、茶色く濁った30年もののマムシ酒。飲んだら、身体中を何かが駆け巡りました。
岩本「日本には未だに秘境のようなところがありますよ」
マキエ「大きな漁港の隣の町は狙い目です」
岩本:
予期せぬことが起こる。やっぱ、旅はこれでしょ。つげさんの旅行記でも、「ろくな飯が出なかった」って嬉しそうに書いているし。
マキエ:
私、つげさんの「リアリズムの宿」が大好きで。「宿じゅうの人が入った後のお湯がドロドロで汚い」とか「宿の子供が朗読をしているので眠れない」「おかみさんがサービスしますと言ったけどサービスされた気が全然しなかった」とか。そういうのがたまらないですよね。
岩本:
日本は、緑被率の高い世界有数の国なんですよ。日本は64%だから、北欧並みに緑がある。海に囲まれた島国でもあり、山国でもあるから、面積の割に人が住めるところが少ないですよね。だから、隠れ里のような場所がたくさんあって、昔のものが残っているんですよね。都市近郊にも、未だに秘境のようなところがありますよ。
マキエ:
東北にもけっこうありますよ。私、遊郭とか、昔栄えたところを撮影で回っているのですが、土地の需要があるところだと、建物が建て替わって、昔のものが残らないんですよ。でも、土地の需要がないと、けっこう残っているんですね。とくに、昔水運で栄えて寂れた町というのが狙い目です。登米市とか。
岩本:
ロケ地を探すときは、狙い目があるんですか?
マキエ:
あります。私、漁村が大好きで、いろいろ探しているんです。これは銚子漁港のすぐ隣なのですが、大きな漁港の隣の町は狙い目です。
あと、炭鉱とか金山、軍隊の跡地とか。なぜならその近くに必ず遊郭ができるので。主要街道の基地のあった場所とか探すと、けっこう残っています。
岩本「僕はおもてなしより、“逆おもてなし”のほうが好きです」
マキエ「旅はロシアンルーレットですよ」
岩本:
ひなびた温泉も同じですよ。看板が真っ二つに割れているのをそのままにしていたり。でも、湯がいいから潰れないんですよね。そういうところ、旅館サイトの口コミでボロクソ言われてたりするんですけど。
マキエ:
「お辞儀がなってない」とか「料理がまずい」とか、そういう口コミを見てると、お前ら何を求めて来てるんだ! 文句言うなら○○リゾート行けよ! って思うことがあります。
岩本:
そういう口コミへの返信で、「安宿に何を求めているんですか」という旅館側からの一言があって、いいなと思いました。僕はおもてなしより、ひなびた温泉で受ける“逆おもてなし”のほうが好きです。人に話したくなる旅って、そっちですよね。
マキエ:
私は、ある旅館でカメムシセットを渡されたとき、本当に嬉しくて。「お部屋にカメムシが出たらここに入れてください」って、ペットボトルを半分切ったやつにトングが刺さっているのを渡されて。そういう体験、すごく自慢したいんです。でも、話してもみんなポカーンとして、分かってくれない…。
岩本:
なんでですかね。最高ですよね。僕も、観光地に行くより、やさぐれた旅が好きです。嫌な目にあっても楽しい。作家の嵐山光三郎さんが、「飯が不味いのを自慢しあうくらいじゃないと旅人じゃねえよ」と言っていて、まさにその通りだよなと思いました。
マキエ:
分かります! 場末の食堂に行くと、たまに傷んだトマトとかキャベツの千切りが出てきたりするじゃないですか。でも、これこそが旅だよなって思うんですよ。なぜ、お金をとる店で腐りかけのトマトが出てくる? ありえない。宝くじより低い確率ですよ。旅は、ロシアンルーレットですよ。
岩本:
うまいこと言いますね(笑)
マキエ:
でも、大多数の人は、ガイドブックに載っているような内容で満足するのかなと思います。私はTwitterでたまに攻撃されるのですが、大多数の人は、私のようなはみ出た思考の人を畏怖として捉えるのかな。みんな、ある程度の枠の中で行動するのが好きなんだと思います。
岩本「温泉をテーマに、何か一緒にやりたいですね」
岩本:
マキエさん、次の写真集を出す予定はあるんですか?
マキエ:
出したいですね。でも、今のところお話がないので。
岩本:
架空の映画ポスターシリーズもいいけど、漁村とかのシリーズも1冊あってもいいかもしれないですね。
マキエ:
写真集を出した頃よりも、今のほうがはるかにディープな場所に行っているので、ロケ地でまとめたシリーズも出したいなと思っています。
岩本:
温泉というテーマで一緒に何かできたらいいですよね。「寂れた崩れゆく温泉」みたいな。
マキエ:
「滅びゆく温泉」みたいな。
岩本:
伊香保温泉も、相当デンジャラスなところがありますよね。
マキエ:あと、長野の渋温泉とか。ああいう雰囲気はたまらないですよね。
岩本:
他に、何か今度やりたいこととかありますか?
マキエ:
今年の5月から、つげさんが行った温泉を辿って、ちょこちょこ歩いているんです。湯宿温泉、会津の西山温泉、瀬見温泉とか。それをもう少し続けていきたいと思っています。
岩本:
大阪で個展もやるんですよね。
マキエ:
はい、今年6月に東京でやった展示の巡回展です。大阪の後は福岡でもやります。福岡にサブカルの聖地みたいなエリアがあって、そのエリアにあるギャラリーで展示をみたことがあったんです。いつか自分のをやりたいと思っていたので、念願が叶うのが楽しみです。
岩本:
映像はやらないんですか?
マキエ:
やりたいと思っているのですが、今はYouTubeで撮影の様子をちょっと見せる程度です。
マキエ「若い頃は海外ばかり行ってました。なんで、もっと日本を見ておかなかったんだろう」
岩本「日本は山賊も出ないし安全な国だから、みんなもっと冒険してほしいですよね」
岩本:
僕は、これから新しいことをいくつかやろうと考えています。ひとつはお散歩エッセイ。今、絶賛取材時中です。僕のお散歩のテーマは「東京の端っこ」。あらゆる端っこを歩きます。真ん中はつまらないじゃないですか。奇天烈なものを追っかけたエッセイです。
マキエ:
非常に楽しみです。
岩本:
それともう1つ。スーパーカブの本を書く予定です。僕は車の免許を持っていないので、スーパーカブでひなびた温泉を巡っているんです。スーパーカブって、他のバイクにはない特別な愛着があるんですよ。メカとかバイク改造にはまったく興味がないのですが、スーパーカブは、乗れば乗るほど奥が深い。僕はバイクもひなびていたほうがいいみたいです。スーパーカブをサブカルとして捉えた本になる予定です。
あとは、『ヘンな名湯』の第3弾。書きはじめた当初は、“ヘンで、しかも泉質もいい温泉”なんて、そんなにたくさんないと思っていたんです。でも、取材しているうちに、あれ、もう1冊かけるぞ、って。で、2冊目を出したら、ポロポロとまだあるぞって。
マキエ:
私も、2019年秋に展示をやったときに、『ヘンな名湯』を参考にさせてもらったんです。この本を読むと、まだまだ日本は懐が深いなって、改めて思いますよね。
岩本:
本当にね。もっと早くはじめていたら…。
マキエ:
私、30、40代は海外旅行に夢中になって、海外ばかり行っていたんです。日本は面白くないと思っていました。今になって、なんでもっと日本を見ておかなかったんだろうって。2010年くらいまでは、まだまだ面白いところが残っていたんですよね。
岩本:
高度経済成長期のときは旅行ブームでどんどん観光施設が建っていたけど、今、そのオーナーだった方が亡くなって、そういう場所がどんどん減っているんですよね。
マキエ:
お金を持っている人が調子に乗ってつくっちゃったヘンなものとか、最高ですよね。ツッコミどころ満載で面白いけど、継いだ人は変えたくてしょうがない、みたいな。
岩本:
日本は危険な地域もないし、山賊も出ないし、みんなもっと冒険してほしいですよね。
そろそろ時間なので終わりにしましょう。今日は、非常に楽しかったです。マキエさんと僕には似た部分があるって再認識できました。
マキエ:
私も楽しかったです。ありがとうございました。
岩本薫(いわもと・かおる)
1963年東京生まれ。本業のコピーライターのかたわら、webマガジン「ひなびた温泉研究所」を運営。日本全国のひなびた温泉を取材し、執筆活動をしている。著書に、「ヘンな名湯」「もっとヘンな名湯」(いずれも、みらいパブリッシング)、「ひなびた温泉パラダイス」 「戦後期武将が愛した名湯・秘湯」がある。
マキエマキ(まきえ・まき)
1966年大阪生まれ。93年よりフリーランスの商業カメラマンとして雑誌、広告などでの活動を始める。2015年に「愛とエロス」をテーマにしたグループ展に出展し、以後、「人妻熟女自撮り写真家」として発表を続けている。『第5回東京女子エロ画祭グランプリ』受賞。写真集『マキエマキ』(集英社インターナショナル)、『マキエマキ2nd「似非」』(産学社)を刊行。https://www.makiemaki.com
企画・会場:本屋 B&B/構成:笠原名々子
株式会社みらいパブリッシングのご案内
みらいパブリッシングは、本で未来を創る出版社です。ウェブマガジン「みらいチャンネル」では、作家やクリエイターへのインタビュー、詩や写真の連載を日々更新中。ぜひ覗いてみてください。
https://miraipub.jp/mirai-channel/
関連ニュース
-
つげ義春に憧れて。自撮りと温泉めぐりで昭和の魅力を具現化する作家たち(前編)
[特集/特集・インタビュー](歴史・地理・旅行記)
2021/10/01 -
詐欺で「借金2億円」追いつめられたサラリーマンの生々しい心情
[ニュース](一般・投資読み物/事件・犯罪)
2021/11/02 -
博物館マニア・丹治俊樹が選ぶ、日本全国にあるちょっと変わった「至宝」な博物館 ~偉人編~
[ニュース](歴史・地理・旅行記)
2023/10/25 -
まるでテーマパーク。まるで劇場。大人も1日中いたくなる“体験型”の絵本専門店「ブックハウスカフェ」の魅力に迫る
[特集/特集・インタビュー](絵本/本・図書館)
2021/06/09 -
意外と知らない? 本と色の関係についてデザイナーの則武さんに聞きました
[特集/特集・インタビュー](本・図書館)
2021/05/08