幻の村 哀史・満蒙(まんもう)開拓 手塚孝典著
◆悲劇の裏に…今語る真実
時がたち風化していく歴史がある一方、歳月を経たからこそ明らかになる歴史もある。本書は一九六五年生まれの信越放送ディレクターが、長野県内のかつて満州移民だった高齢者を中心に取材を重ね、満蒙開拓の実相に迫ったルポルタージュだ。
満州国建国後、国策により約二十七万人が開拓民となって大陸に渡った。長野は中でも最多の移民を送り出した県である。国は農村の困窮層救済を宣伝していたが、実際はソ連国境防衛と植民地支配が目的。だがソ連軍が侵攻するや関東軍は逃亡。置き去りにされた人びとは過酷な逃避行のさなか、侵略者の日本人を恨む中国人に襲撃されたり、絶望の果てに集団自決したり。八万人以上が亡くなった悲劇はよく知られている。
取材を始めた当時、すでにほとんどの開拓民は他界していたが、だからこそ存命者は人生の最晩年に、封印していた後ろ暗い過去を語り始める。例えば十四歳で開拓団に参加した男性は、集団自決の夜、母親たちがわれ先にわが子の首を絞める光景に呆然(ぼうぜん)としていると、大人に叱(しか)られた。「何しているんだ、早く手伝ってくれなくちゃ」。どれほどの時間、何人に手をかけたかわからないと語った。
九十五人を満州へ送り七十三人が自決した旧・河野村の村長は、敗戦翌年に四十二歳で自死した。この話題は一族のタブーだったが、真実を残すべきとの子息の判断で、戦後六十年目に日記が公にされた。死の直前まで綴(つづ)られた日記からは、地主の家に生まれ農民を思いやる若き村長が、誤った国策に正義感を鼓舞され、開拓団を送り出すに至った心の軌跡がたどれる。
国策による被害者が、図らずも人を殺(あや)め、侵略に加担した加害者となったというつらい事実。国家は国民に何をし、何をしなかったか。人はいかにして時代にのまれていくのか。本書は満蒙開拓の不都合な歴史をつまびらかにし、様々(さまざま)な問いを投げかける。
今年で満州事変から九十年。満蒙開拓の歴史は遠い過去ではなく、私たちが生きる現代と地続きなのだ。若い人たちに、ぜひ読んでほしい。
(早稲田新書・990円)
1965年生まれ。ドキュメンタリー制作者。広告会社を経て信越放送入社。
◆もう1冊
江成常夫著『シャオハイの満洲』(論創社)