アフター・サイレンス 本多孝好著

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アフター・サイレンス

『アフター・サイレンス』

著者
本多 孝好 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087717648
発売日
2021/09/03
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

アフター・サイレンス 本多孝好著

[レビュアー] 青木千恵(フリーライター・書評家)

◆被害者と心理師の沈黙の対話

 <沈黙を破る必要などない。むしろこの沈黙を守ることが、今の私の仕事なのだ>

 本書の主人公、高階唯子(たかしなゆいこ)は、犯罪被害者やその家族のケアを担当するカウンセラーである。大学の研究員で警察職員ではなく、公認心理師の国家資格を持つ。警察からの依頼を受けてクライエント(来談者)と面談し、不安感がなるべく早くなくなるように手助けをするのが仕事だ。

 冒頭作「二つ目の傷痕」のクライエントは、三週間前に夫を刺殺され、病弱な幼い娘と二人きりになった浜口有美(ゆみ)。生活について聞き取るうちに、当初は平静に見えた有美の表情が失われていく。一方、「凶器のナイフは自分のものではない」と犯人が主張し、事件をめぐる複雑な人間関係が浮かび上がる。

 続く「獣と生きる」は、ひき逃げ事件で兄を亡くした青年、アキラがクライエントだ。彼の両親は南米日系人で、兄弟は母国を知らずに日本で育った。そのほか、二十五年前に発生した未解決事件の遺族と向き合う「夜の影」、誘拐犯をかばう少女の証言に迫る「迷い子の足跡」、姉を殺害された少年の七年後の復讐(ふくしゅう)を追う「ほとりを離れる」の計五編を収めている。

 <今日を普通に生きていれば、普通の明日がやってくる。だから、今日を普通に生きられる。犯罪は、特に人殺しは、そのルールを壊す>。実は唯子も、事件によって人生を壊された人物だ。高校二年生だった十五年前に、父親が罪を犯した。以降、唯子は事件の加害者に対して極論と言える考えを持っている。加害者の家族に背を向けた世間の中にも入れず、光のない日常を生き、仕事に取り組んできた。被害者や家族の秘められた思い(沈黙)と、加害者の家族である唯子の沈黙が、物語を通して絡み合う。

 読みながら胸打たれるのは、読者が今心に抱えている沈黙と、登場人物の沈黙とが共振するからだろう。長い沈黙のあとに、唯子に訪れる「望み」とは。人々の人生の一端が、事件の真相とともに解き明かされていく、読み応えのある連作ミステリーだ。

(集英社・1870円)

1971年生まれ。作家。著書『MOMENT』『WILL』『dele』など。

◆もう1冊 

本多孝好著『MISSING』(角川文庫)。静かに胸打たれるデビュー作を含む。

中日新聞 東京新聞
2021年10月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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