消えた「四島返還」 安倍政権 日ロ交渉2800日を追う 北海道新聞社編

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消えた「四島返還」 安倍政権 日ロ交渉2800日を追う 北海道新聞社編

[レビュアー] 名越健郎(拓殖大海外事情研究所教授)

◆北方領土「ナイーブ外交」活写

 「平和条約締結というゴールまで、ウラジーミル、二人の力で駆け抜けようではありませんか」。歯の浮くようなセリフを連発した安倍晋三首相の対ロ外交は、退陣時の「断腸の思い」の一言で終止符を打った。

 七年にわたる安倍・プーチン交渉の一部始終を、総力取材とエピソードで過不足なく描いた本書は、展開が早く、一気に読了させる迫力がある。安倍外交失敗史の決定版であり、地元紙らしいけじめのつけ方だ。

 二〇一三年の安倍訪ロで始まった首脳交渉は、当初は順調にみえたが、一四年のウクライナ危機で暗転し、米ロ関係悪化や日本の制裁参加でロシアは対日姿勢を硬化させる。

 主導権を外務省から奪った官邸官僚は次第に焦りを強め、希望的観測に基づくナイーブな外交に終始する。一六年のプーチン訪日前には「二島先行返還」など根拠のない情報がリークされ、大方のメディアが誤報を重ねた。

 官邸官僚らが、元島民に航空券を送って呼び寄せ、「四島返還」に触れない大統領宛ての奇妙な手紙に署名させ、他の元島民の反発を浴びるくだりは興味深い。

 一八年十一月のシンガポール会談で安倍氏は勝負手に出る。「五六年共同宣言を基礎に交渉を加速化させる」という発表を現場で聞いた記者は「(冷房で)冷えた体が熱くなった」。国是である「四島返還」を放棄し、「二島」に大転換したと最初に察知したのも北海道新聞だった。

 その布石は「領土抜きの平和条約締結」を訴えたプーチン氏のくせ球だった。日本側はこのシグナルを読み違え、首相任期の切迫も絡んで拙速に走ったが、ロシアは二島引き渡しに応じず、独り相撲に終わる。後半は、日本側が絶望的な攻勢に出るが、ことごとく跳(は)ね返される。ロシアの体質を無視して特攻隊的に仕掛ける素人外交は悲喜劇のようだ。

 本書によっても、安倍・プーチン密室交渉の真相など謎が残る。対ロ外交再構築のためにも、道新には全容解明を期待したい。

(北海道新聞社・1980円)

北海道新聞取材班による「どうしん電子版」の特集記事を書籍化。

◆もう1冊

駒木明義著『安倍VS.プーチン 日ロ交渉はなぜ行き詰まったのか?』(筑摩選書)

中日新聞 東京新聞
2021年10月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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