スケールの大きさと繊細な叙情性 SFで新しい中国を発見する

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スケールの大きさと繊細な叙情性 SFで新しい中国を発見する

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 三国志の英雄・曹操にラーメンを食べさせるためタイムトラベルする。そんな面白そうな話が入っている本を読まずにいられるだろうか? 宝樹の『時間の王』は、ベストセラー中国SF『三体』の劉慈欣も才能を認めた気鋭の作家による短編集だ。時間をテーマにした七編を収める。

「三国献麺記」は、二〇四五年秋、時間旅行会社に勤める林雨のもとに奇妙な文章が送られてくる場面で始まる。その文章とは〈カク記魚介麺〉という麺料理の起源だった。赤壁の戦いに敗れた曹操の命を救ったという美味しい魚介麺の言い伝えは、小さな麺料理店の主が創作したものだ。林雨はその言い伝えを史実にする〈麺操〉プロジェクトの実務責任者になる。そして依頼主の娘であるカク思嘉とともに三国時代へ飛ぶ。

 カク思嘉の父が法外な料金を支払い、役者を雇ってまで歴史を改変しようとする動機は、バカバカしくもリアリティがある。時間旅行の仕組みもよく練られている。なんといっても知略に長けた曹操と歴史に詳しいカク思嘉、機転が利く林雨の頭脳戦が愉しい。ラブコメ要素とミステリー要素もある盛りだくさんな一編だ。

 紀元前から未来まで人間の文明を〈穴ぐら〉を切り口に描き出す「穴居するものたち」、事故で植物状態になり時間をコントロールする能力を手に入れた男が幼なじみの少女を追いかける表題作、美女にドン・キホーテ的な愛を捧げる青年がデートの実現のために突拍子もない時間理論を考える「九百九十九本のばら」、人類最後の一人が見た光景が美しい「暗黒へ」……。いずれの作品もスケールの大きさと繊細な叙情性を兼ね備えているところが魅力。時間は人間にとってままならないものだが、時間があるからこそ愛や希望が光を放つ物語になっている。

 二〇二二年には『三体』の公式二次創作として注目を集めた『三体X』の邦訳も刊行予定だという宝樹の今後の活躍が楽しみだ。

新潮社 週刊新潮
2021年10月21日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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