『半睡』
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眠れぬ夜に接続される追憶の断章
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
本のたたずまいの清潔な美しさに心惹かれて手に取った。
不眠についての小説であるというのにも興味を惹かれた。私自身、睡眠障害ぎみで、スムーズに眠るために、普段はできるだけそのことを意識しないようにしている。不眠に向き合うことには、怖さと関心の両方があった。
小説は十日にわたって書き継がれた「手記」の体裁をとる。書いている「わたし」の仕事はくわしく説明されないが、著者と重ねることができる、文筆業であるらしい。老作家Y・Yとの対談をきっかけに不眠が兆していること、小学生のときに不眠になり、医者にかかったことなどが次第に明らかになる。
ドイツ文学の研究者・翻訳家だったY・Yが小説第一作として発表した長編のタイトルが、「フォー・スリープレス・ナイト」。Y・Yが小説を書こうと思ったのは、ある女性の死がきっかけで、彼女は「わたし」もよく知る人物だった。
架空の小説の中に出てくる、キャサリン・マンスフィールドの小説。「わたし」がかつて見た映画と、原作となった(小説では名指されていないが)内田百間の小説。同じ小説を原作とした漫画と、新たに作られた映画。眠れない夜に「わたし」が思い浮かべる小説や映画は、さまざまに接続され、記憶が引き出される。
Y・Yの知る女性Nと、もう1人、不眠に悩む小学生だったころに見かけ、再会して親しくつきあうようになった女性Mも登場する。映画の中で、1人の女優が演じたように、NとMは、1人が2役を演じているような印象を与える。
『半睡』の最後に、漱石の小説の有名な一節が置かれている。十日間の手記というスタイルも、その小説を踏まえたもの。Y・Yの小説の登場人物が、「私はどこにもいない」を「私は今ここにいる」と読ませたように、祈りのような、現実を反転させるためのしかけと読んだ。