「書けなさ」を克服するために「他者」の力を借りるという方法

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ライティングの哲学 書けない悩みのための執筆論

『ライティングの哲学 書けない悩みのための執筆論』

著者
千葉 雅也 [著]/山内 朋樹 [著]/読書猿 [著]/瀬下 翔太 [著]
出版社
星海社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784065243275
発売日
2021/07/23
価格
1,210円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「書けなさ」を克服するために「他者」の力を借りるという方法

[レビュアー] 綿野恵太(批評家)

 ぼくは高校生のころ、小説家志望だった。しかし、パソコンを立ち上げても、なにも言葉は浮かばない。なんとかひねりだした文章はとても稚拙で、恥ずかしさのあまりすぐに消した。膨れあがる理想に押しつぶされて、なにも書けなかった。

 すると、ゴミみたいな文章を作品として発表しているやつが逆に愚かに見えてきた。書くアホよりも書けないぼくのほうがえらいのだと勘違いした。しかし、書くことは書きながら学ぶしかない。書けないぼくはあいかわらず書けないままだった。

 そんなぼくでも小説を最後まで書き上げたことがある。むかし読売新聞に、推理小説家の有栖川有栖さんが掌編小説を講評してくれるコーナーがあった。毎月、書き出しの一行をお題として発表し、その書き出しに続く作品を募集していた。作品が掲載されると図書券がもらえたので、それを目当てに応募した。不思議と書き上げることができたのは、作品の分量が短いからだと思っていた。いま思うと有栖川さんが最初の一行を書いてくれたことが大きかった。書き出しの一行が決まると、物語の背景や登場人物は自然と生まれてくる。あとはそのまま流れにのって、書けばいい。

『ライティングの哲学』は分野も専門も異なる四人が「書けなさ」という観点から書くことについて語り合った本だ。そのポイントは、自分ひとりでゼロから書くのではなく、「他者」の力を借りて、とりとめのない思考を制限したり、おのずと言葉を誘発させて、書き進めること。「他者」はアイデアを聞いてくれる友人といった「人間」にかぎらない。文書作成ツールやスマホのメモといった「道具」、〆切といった「時間」、ぼんやりとした意識、爆発する感情、自由連想といったおのれの「他者性」もまた「他者」だ。このことは「書くプロセスに他者性の風が吹くのを歓迎する」と表現されている。

 庭師の山内朋樹さんによれば、平安時代の作庭指南書にこんな記述がある。まず石を置いてみろ、そうすると、最初の石が次の石を乞うんだ、と。最初に置かれた石が触発して、連鎖するように石組みが出来あがっていく。ぼくも最初の石=書き出しの一行に触発されて書き上げることができたのだ。

 書くことは変な幻想を生みやすい。高校生のぼくはたぶん本書を読まずして、書くことの本質を汚す邪道だとか言うはずだ。けれども、そういう人こそ読んで欲しい。本書は書き始めるための最初にして最良の石である。

新潮社 週刊新潮
2021年12月2日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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